「述語構造の意味範疇の普遍性と多様性」研究発表会 概要
- プロジェクト名
- 述語構造の意味範疇の普遍性と多様性 (略称 : 述語構造)
- リーダー名
- Prashant PARDESHI (国立国語研究所 言語対照研究系 教授)
- 開催期日
- 平成25年11月9日 (土) 10:00~18:30
- 開催場所
- 富山大学 五福キャンパス 人文学部 1階 大会議室 (富山県富山市五福3190番地)
言語類型論チーム 平成25年度 第二回研究会 発表概要
「ティディム・チン語における自他交替」大塚 行誠 (東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 / 日本学術振興会 PD)
本発表では,ティディム・チン語 (チベット・ビルマ語派クキ・チン語支北部チン語群) における自動詞と他動詞の派生関係について,Haspelmath (1993) を基に考察した。形態・統語上関連する自他動詞 (句) の対応パターンとしては,(a) 無声無気音で始まる自動詞と無声有気音で始まる他動詞が意味的な対を成すパターン,(b) クキ・チン語支に特有の2つの動詞語幹形式の交替によって自他交替を示すパターン,(c) 他動詞にいわゆる中動態接頭辞 ki3- を付加して自動詞を派生するパターン,そして (d) 自動詞に使役助詞 =sak3 を付加することにより他動詞句を形成するパターンがある。このうち,特にクキ・チン語支の諸言語で広く用いられている自他交替の方法,すなわち (b) 動詞語幹形式の交替と (c) 中動態接頭辞付加による自他交替に焦点を当て,ティディム・チン語の自他交替における形態・統語的な特徴と意味的な特徴について報告を行った。
「メチェ語の他動性にまつわる現象:形態的派生と格表示の観点から」桐生 和幸 (美作大学 教授)
本発表では,第一に,約340語の動詞ペアを分析し,使役動詞と対応する非使役動詞との形態的な対応関係を概観し,メチェ語では,非使役動詞を使役化する派生がもっとも顕著であり,5つのパターンがあることを示した。また,そのうち一つのパターンは,使役・起動・状態という連続性が形態的派生により示される動詞群であることを論じた。第二に,メチェ語では,Hopper & Thompson (1991) の他動性パラメータのうち,格表示に関係が高いのはagentivity であることを示す。また,主格対格型の明示的マーカーの有無は,animacyが関係することを論じた。
「ネワール語における自他動詞対 ―民話テキストの動詞分類と考察―」松瀬 育子 (慶應義塾大学 非常勤講師)
本研究では,ネワール語の民話テキストに表れる動詞を対象に,自他動詞の派生の方向性とその比率を調査した。Haspelmath (1993)/Comrie (2006)で提示された動詞対では「使役化」が73パーセントを占めるが,実際の民話テキストでは,「使役化」が60.7パーセント,「補充交替」が34.4パーセント,「両極化交替」が4.7パーセントとなる。この数字は,ネワール語の自他動詞の派生方向として使役化が優勢であるが,使役化一辺倒ではないことを表わしている。使役化と共に,補充交替の出現率が比較的高く出る要因としては,移動動詞群が補充交替を示し,多用される点が挙げられる。
「ブルシャスキー語の動詞語幹と他動性」吉岡 乾 (東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 / 日本学術振興会 PD)
本発表では,ブルシャスキー語の動詞語幹の形成を他動性の観点から切り分けて考察し,概要をまとめた。猶,いずれの語幹形成も,今では生産性を失っている。人称接頭辞による使役派生では,人称接頭辞のタイプが上位になるほど,結合価数が (最大3まで) 増える。完結接頭辞による結合価を減少させる派生には2種類あるが,対応する他動詞から自動詞を派生させる点に違いはない。先行研究には述べられていないが,3人称複数の人称接頭辞を用いての中動化もブルシャスキー語にはあるということも示した。更に,併存自 / 他動詞対に関してブルシャスキー語と日本語とを対照し,その性質を考察した。
「日本語を通して観たヒンディー語の語彙的・統語的他動性 ―複合述語N / A+kar-naa「する」に焦点をあてて―」西岡 美樹 (大阪大学 非常勤講師)
本発表では,インド・アーリア諸語の主要な言語の一つであるヒンディー語の自動詞,他動詞の枠組みと例をまず紹介し,同分野の研究で複合述語 (complex predicate) として扱われる名詞(N) / 形容詞(A)+karnaa「する」の構造に垣間見られる語彙的,統語的他動性の間の揺れの問題を取り上げた。たとえば,日本語の「○○という句を使って」に後続し得る「文を完成しなさい」vs.「文を完成させなさい」の「させる」は余剰なのか。ヒンディー語でも観察されるこの種の現象を,日本語の例と対照し,その共通点を探った。
「スィンディー語の受動動詞」萬宮 健策 (東京外国語大学 准教授)
スィンディー語には,語幹+ij+語尾という受動動詞と呼ぶべき動詞がある。この動詞は,受動態をつくるだけでなく,動作の反復などを表す機能も併せ持つ。また,自動詞や補助動詞でも受動動詞を形成するものがある。
本発表では,受動動詞の用法をあらためて整理し,その役割を明確にすることを試みた。具体的には,未来命令形や動作の反復に代表される,受動態をつくる以外の機能にも注目し,受動動詞を用いた表現の再考を試みた。
「有対自他動詞の地理類型論的なデータベース」開発の中間報告Prashant PARDESHI (国立国語研究所 言語対照研究系 教授),赤瀬川 史朗 (Lago言語研究所)
2013年1月から開発が始まった「有対自他動詞の地理類型論的なデータベース」 (http://verbpairmap.ninjal.ac.jp/) は,共同研究者から提供を受けた30言語の自他対のリストをもとに,Haspelmathの自発性スケール (31自他対) を使用して,各言語が各動詞対においてどの形態論的な自他のタイプに属するかを地図上で可視化するウェブアプリケーションである。現在は,開発版として研究会内部で公開されている。先月 (2013年9月) からは第2次開発が始まり,動詞対別インターフェースのほかに,言語別,地域別,系統別,派生関係のインターフェースなどを追加する予定で,有対自他動詞を総合的な視点から分析できる可視化ツールとして,年度末までの一般公開を目指している。本発表では,これまでの開発の経緯と今後追加する新たな機能について報告した。