「日本語変種とクレオールの形成過程」研究発表会 概要

プロジェクト名
日本語変種とクレオールの形成過程 (略称 : 海外の日本語変種)
リーダー名
真田 信治 (国立国語研究所 時空間変異研究系 客員教授)
開催期日
平成25年8月31日 (土) 13:00~18:30
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室

発表概要

「オホーツク海方言の形成と特性」朝日 祥之 (国立国語研究所 准教授)

発表では,本共同研究プロジェクト期間中に実施した調査活動と研究成果の紹介を行った。調査活動としては,本プロジェクトで発表者が担当したサハリン,北海道,クリル列島での残存日本語話者に関する情報収集の報告を行った。具体的にはサハリン・北海道では調査が可能であった一方で,クリル列島での調査は,歴史的経緯から現地に日本語話者が残っていないことが判明したため断念したことを報告した。その代わり,発表者が北海道で南クリル列島地域に居住する日本人に対して実施した調査から,戦前期のクリル列島におけるアイヌ人の言語生活に関する情報を収集したことを報告した。研究成果は,これまで発表者が学術論文,学会・研究会での口頭発表した内容を報告した。日本語のオホーツク海方言が終戦時までの時期に形成された可能性があり,その特性の一つとして,ウイルタ人・ニヴフ人・アイヌ人らの使う日本語が位置づけられることを指摘した。

「宜蘭クレオールの音韻と語法」真田 信治 (国立国語研究所 客員教授),簡 月真 (国立東華大学 副教授)

日本語の音が宜欄クレオールの音的フィルターによって置き換えられる音の代用 (sound substitution) について述べた。まず,文節の中に母音を連続させない点が挙げられる。具体的には,半母音による代用,または挿入,そして長音を短呼化する対処である。もう一つは促音を脱落させる点である (真田) 。文法ではヴォイスについて考察した。受動態は使われないこと,能動態では必ず格助詞 ni で動作対象がマークされることを述べた。使役態では動作主体を ni でマークすること,接尾辞 -rasyeru が使役マーカーで,語幹もしくは動詞の基本形に付加されること明らかにした。いずれにおいても,アタヤル語と日本語両方の形式を採用しつつ,独自の意味・用法を発展させているのである。これは再編成 (restructuring) の結果である (簡) 。

「宜蘭アタヤル語への日本語からの借用語」卓 若媚 (国立東華大学 大学院生)

台湾東部の宜蘭県南澳郷で話されるアタヤル語を取りあげ,日本語からの借用語について考察を行った。その結果,まず,宜蘭アタヤル語はほかの地域で使われるアタヤル語変種より日本語からの借用語が多いことがわかる。次に,語法レベルでは,日本語から命令形の「~sey」が借用されたと考えているが,その検証は今後の課題である。

「中国東北部における残存日本語について」水野 義道 (京都工芸繊維大学 准教授)

中国東北部において行った調査の中から2011年に行った調査の概要と結果について報告を行った。調査協力者は青年期までに日本語を習得したが,その後長期にわたって日本語を使用する機会がなく,高い日本語能力を示しながらもその日本語には,次のような特徴が認められた。 (1) 中国語の影響, (2) 語彙の代替, (3) 文法の簡略化, (4) インタビュー中の修正。

「中国延辺地域における高年層日本語話者」全 永男 (延辺大学 副教授)

中国の延辺朝鮮族自治州には200万人にのぼる朝鮮族が生活している。歴史的,地理的な背景により,延辺朝鮮族の中には,日本占領期に日本語を習得した高年層が少なくない。発表では,現在中国の延辺地域に住んでおり,日本占領期に日本語を学習した7人の高年層インフォーマントの語りから,当時の日本語教育の背景と日本語教育状況,戦後の言語生活,残存日本語能力,残存日本語の変容特徴などについて考察した。

「戦争体験者の文学作品における言語接触」張 守祥 (佳木斯大学 教授)

通常の接触言語は長い年月に亘ってゆるやかに形成されるものであると考えられがちであるが,実際のところ,戦争,占領を伴う社会的に大きな変化がある場合,短期間でも急激な言語接触が発生する可能性もある。本研究データで示されたように,戦時中の中国東北地域,華北地域では中日語による言語接触は大規模に発生した。そのうち,大量の日本語語彙借用,特別な敬称表現「太君」の使用,「的」の過剰使用,畳語形式の多用などは,特に目立つ特徴と言えるものである。

「旧南洋群島の日本語話者のスタイルシフト」今村 圭介 (首都大学東京 大学院生)

発表では,旧南洋群島の残存日本語話者のスタイルシフトについて分析した。旧植民地で複数の自称詞,丁寧体と普通体が混用されることは,簡 (2011) や,渋谷 (2003) などで指摘されてきている。しかし,その体系の記述は十分に進んでいない。本来,相手や場面によって規則的に使い分けられる形式が,旧南洋群島民の日本語でどのように再編成され,体系ができているのだろうか。その規則性と背景にある要因について探った。

「パラオ国アンガウル島における日本語使用」ダニエル・ロング (首都大学東京 教授)

アンガウル島はパラオの他の島以上に日本語と絆が強い。戦後育ちの島民にも自然習得による日本語が使われている。その使用実態およびその背景にある社会言語学的要因を探ったが,戦後10年間燐鉱採石場のためにアンガウルに滞在していた日本人がいたことが自然習得に関与した最大の要因であることが判明した。その自然習得した日本語には母語による影響 (同じと私→私と同じ) が見られる。最後にアンガウル州憲法で日本語が公用語として定められている状況について考察した。

「残存日本語音声データ公開に向けて」鳥谷 善史 (天理大学 非常勤講師)

本プロジェクトで得られた談話音声データである,「真田信治 (2011) 『ミクロネシア・サイパン残存日本語の談話データ』人間文化研究機構国立国語研究所共同研究プロジェクト (基幹型) 「日本語変種とクレオール形成過程」データ集①」及び,「真田信治 (2012) 『サハリンに残存する日本語の談話データ』人間文化研究機構国立国語研究所共同研究プロジェクト (基幹型) 「日本語変種とクレオール形成過程」データ集②」の一部を文字化データとリンクさせ音声を再生するファイルを作成した。なお,ファイルはpdf形式でありシステムの要件や個人情報保護の観点が整えば公開できる状況にある。