対照理論言語学と言語獲得に関するワークショップ 概要

プロジェクト名
言語の普遍性及び多様性を司る生得的制約:日本語獲得に基づく実証的研究 (略称 : 日本語獲得研究)
リーダー名
村杉 (斎藤) 恵子 (南山大学)
開催期日
平成25年 5月18日 (土) 13:00~17:00
開催場所
南山大学 名古屋キャンパス L棟9階 大会議室 (〒466-8673 名古屋市昭和区山里町18)

発表概要

「ある削除の理論:非構成素削除にたいするその影響」後藤 亘 (三重大学)

Takahashi (2002) は,Chomsky (2000) の循環的書き出しの帰結として,相の補部が削除の標的になると観察した。本論では,この観察に基づき,削除は相毎に随意的に適用すると提案し,その理論的および経験的帰結を探った。
まず,具体的なそのメカニズムとして,書き出し操作が適用される相レベルでは,相の補部がその主要部に削除素性を付与されることによって,その補部が削除されると提案する。この提案の帰結として,英語の空所化現象と疑似空所化現象で従来想定されてきた残余句移動が不要になることを示し,先行研究にとって問題とされてきた特性に対して説明を与える。さらに,削除素性が付与される過程を相主要部の探査子に拡大して,CからTへの素性継承が行われる相では,φ探査子がその目標子に対して削除素性を付与する一方で,素性継承が行われない相では,EF探査子がその目標子に対して削除素性を付与すると提案する。その帰結として,空主語言語で従来想定されてきたproが不要になることを示し,イタリア語などで観察されるpro脱落現象とドイツ語などで観察されるtopic脱落現象に対して統一的な説明を与える。
最後に,Lobeck (1990) や Saito and Murasugi (1990) の指定部-主要部一致で説明していた現象は,Chomsky (2013) の観点から,相レベルで行われるラベルの決定と削除の適用可能性の相互作用で説明できる可能性を示唆した。

「前 / 後置詞句内の階層構造と名詞句削除」高橋 久子 (三重大学)

Saito and Murasugi (1990)やSaito, Ling, Murasugi (2008)をはじめ,これまで多くの研究で日本語,英語,中国語における名詞句削除が議論されてきたが,本論では前/後置詞句内での名詞句削除を取り上げ,言語間に見られる分布の違いを前/後置詞句内の階層構造と素性継承に基づく削除の認可のメカニズムを用いて分析した。
英語では前置詞句内での名詞句削除が一般的に許されるが,中国語では全く許されない。一方,日本語では後置詞の種類によって容認度に差が見られる。本論では,この観察を(i)経路を表す前/後置詞句と場所を表す前/後置詞句の階層関係,(ii)中国語前/後置詞句内での義務的な名詞句の移動,(iii)削除の認可に関わる素性継承のメカニズムに基づいて分析した。

「Case and labeling in a language without ɸ-feature agreement」斎藤 衛 (南山大学)

日本語は ɸ-素性の一致を欠く言語であるとする仮説は1980年代より追究され,最近では,Saito (2007),Sener and Takahashi (2010) が,項削除現象を ɸ-素性一致の欠如から導く提案を行った。本論では,この仮説に基づき,日本語における文法格の与値と文法的役割を再検討した。
まず,格素性が,ɸ-素性とは独立に与値者を探索するとするBoskovic (2007) の仮説を採用して,多重主格,多重属格が可能であることを導く。次に,文法格の機能がラベルの決定にあることを示し,その帰結として,日本語タイプの言語では自由にスクランブリングが適用されることに説明を与える。第三に,文法格の分析を動詞や形容詞の連体/連用屈折に拡大して,日本語において語彙的複合動詞が多用される根拠を示す。最後に,文法格の分析に基づいて,日本語の主要部後置型句構造を導く可能性を示唆する。
Hale (1980) は,非階層言語の特徴として,(i) 空項の広範な分布,(ii) 自由語順,(iii) 複合語の多用等を挙げているが,これに (iv) 多重格,(v) 主要部後置型句構造を加えた日本語の特徴について,素性一致の欠如とそれに伴う文法格の性質によって,統一的に説明することを試みた。
福岡,石川,大阪,神戸,横浜といった津々浦々から参加者が集まり,言語理論と言語獲得について,以上3名の発表に基づき,活発な議論がなされた。研究会終了後も,今後の予定について話し合いが行われた。