「近現代日本語における新語・新用法の研究」研究発表会 概要

プロジェクト名
近現代日本語における新語・新用法の研究 (略称 : 新語・新用法研究)
リーダー名
新野直哉 (国立国語研究所 時空間変異研究系 准教授)
開催期日
平成24年12月27日 (木) 14:00~17:00
開催場所
国立国語研究所 3階 セミナー室

発表概要

「現代日本語におけるニ格表現の衰微と交替 ―広義の "新用法" 研究の一端として―」島田 泰子 (二松学舎大学 教授)

本発表では,まず若年層を中心として昨今頻繁に見受けられる格関係表示の混乱について指摘し,次にその一環と目されるニ格表現に対する適格性判断の世代間ギャップを取り上げた。具体的には,「会社 ニ / カラ 雇われる」「組織 ニ / カラ 追われる」,「段差 ニ / デ つまづく」「髪が風 ニ / デ なびく」「病 ニ / デ 倒れる」,「英語ニ / ガ 堪能な人」などの各例において,中高年層がそれぞれ前者 (ニ格による表現) のほうにより高い適格性を認めるのに対し,若年層ではむしろニ格を用いず後者 (カラやデなど) を専らとする傾向が観察されることを指す。従来の研究では,こういった複数の格助詞 (による表現) が,交替可能な選択肢としてなんらかの意味的差異を担いつつ併存する (併用される) ことを前提に,その使い分けの基準を論じるのが一般であった。これに対し本発表では,一部の用法において若年層に使用されなくなりつつある格助詞ニが,カラ・デ・ガ・トをはじめとする他の助詞に取って替わられる傾向を,既に知られるニ格からヲ格への移行 (動詞「鑑みる」「言及する」などに顕著) や,「~ニ過ぎる / 過ぎない」表現の衰退などとあわせて,全体的な動向として捉え扱う視点を提示した。さらには, (通時的な経緯で慣用的にのみ残る伝統的な表現類型も含めた) ニ格表現全体の衰微の流れにこれを位置付け,連用表現の大局的な消長との関わりで論じることの可能性と意義を模索した。

「誤用から見た言語変化の方向性 ― "確信犯" "敷居が低い" を例に―」佐々木 文彦 (明海大学 教授)

「国語に関する世論調査 (平成14年度) 」によると,「確信犯」はいわゆる誤用が正用の使用率を上回っている語である。年代別の回答を比較してみると,年齢が上がるにつれてこの語の認知度が下がり,誤用率も下がることがわかる。逆の見方をすれば,年齢が下がるにつれて認知度が高くなり,誤用率が上がるとも言える。このことから,この語は本来の意味が次第に忘れられて新しい意味に変化したのではなく,元々あまり認知されていなかった語が,ある時期に新しい意味で盛んに用いられるようになったものと推測される。使用例を観察してみると,小説ではほとんど用いられないが,新聞では1980年に「確信犯」を政治・思想犯以外の意味で意図的に用いている例が見られ,1985年ごろから一般化し,2000年ごろにかけて増加しているのがわかる。新しい用法がどのようにして生まれて変化したのか,用例をさらに詳細に分析して検討する必要があるが今後の課題である。
平成20年度の「国語に関する世論調査」の調査対象となった「敷居が高い」も誤用率が高いと指摘される語であるが,朝日新聞によると1964年に大河内一男東大学長が「都の窓口は敷居が高すぎる」と述べたとされ,早くから誤用が一般化していたことがうかがえる。読売新聞の用例を見ると1992年に「敷居を下げる」,1994年「敷居が低い」という対義表現が現れることなどから,「誤用」ではなく「変化」ととらえてよいと考える。