「日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究」研究発表会 概要

プロジェクト名
日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究 (略称 : 東北アジア言語地域)
リーダー名
John WHITMAN (国立国語研究所 言語対照研究系 教授)
開催期日
平成24年12月9日 (日) 11:00~17:45
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室

形態統語論班 平成24年度 第二回研究発表会 発表概要

「名詞化研究の視点」岸本 秀樹 (神戸大学 教授)

日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究 : 形態統語論班 第一回研究会における研究発表および討論から見えてきた問題点・課題について整理および検討をし,当該テーマに関する研究の方向性を探った。

「ユカギール後における名詞化・名詞節」遠藤 史 (和歌山大学 教授)

北東シベリアに話されるコリマ・ユカギール語は,形動詞・副動詞・動名詞などいくつかの非定形動詞を持つ。この発表ではそれらを概観した後,非定形動詞の1つである動名詞に注目し,次のような観点からより詳しい考察を行った。(1) 動名詞の形成法を記述し,主として形態論的な観点から見た動名詞の「名詞らしさ」と「動詞らしさ」を測ること。(2) さまざまな統語的環境における動名詞の機能を記述すること。特に注目するのは,補部,関係節,副詞節,および焦点構造における動名詞の機能。(3) 以上を総合すると,動名詞には基本的に動名詞 (句) を背景に退かせる (backgrounding) 機能が認められるのではないかということを指摘した。

「アイヌ語におけるさまざまな名詞化節」ブガエワ・アンナ (国立国語研究所 特任准教授)

アイヌ語は,従属節の多くが明らかに名詞化節にさかのぼるため,名詞化の度合いの強い言語であると言える。アイヌ語の名詞化節は,関係節 (内の関係) や名詞の補節 (外の関係),動詞の補節,一部の副詞節と主文という様々な統語的環境に見られる。本発表では主にアイヌ語の北海道西南方言のデータを用いて,それぞれの統語的環境において,異なる finiteness の度合いを示す基本的な名詞化節 [clause]NPの埋め込みに焦点を当てた。また,北海道西南方言の感嘆文や樺太 (ライチシカ) 方言のより広い範囲の前提文における,埋め込みではない名詞化節の用法 (つまり定形節としての使用) の概略を説明した。

「日本語の節形成に見る形態と機能の対応関係」黒木 邦彦 (甲南女子大学 講師)

発表者はまず,日本語における言語形式の統語的機能 (=句 / 節形成機能) として,<終止> <準体> <連用> <連体> を設定した。かつての日本語は連体詞を欠いていたので,<連体> は <準体> から派生したと考えられる。
以上の考えに基づいて,日本語における節形成の史的変化を分析し,次のことを指摘した:

1. a. 古代日本語は,中心的語類に準じる節を単位の小さい形式=語で,周辺的語類に準じる節を単位の大きい形式=句で作る。
b. 一方,現代日本語は,周辺的語類である連体詞に準じる節を単位の小さい形式で,中心的語類である名詞に準じる節を単位の大きい形式で作る。
c. また,現代日本語の連体形接尾辞は <終止> も兼ねる。
d. (1a-c) は,日本語の節形成において,形態と機能との対応関係が希薄化したことを意味する。

この研究発表に対して頂いたご質問・ご意見と,それらに対する回答は次のとおり (論旨に影響するものに限る):

Q. 1: 上代日本語の //N=no, N=ga// は文の成分 (=述語/補語/付加語) にはなれない。したがって,上代日本語の //=no, =ga// の統語的機能は <準体> ではなく,<連体> ではないか?
A: ご指摘のとおり,上代日本語の //N=no, N=ga// は文の成分にはなれない。連体修飾語にも述語/補語/付加語にもなれる //(-r)-u// 節,//-ki// 節と一括する (=準体言とする) のは,勇み足であった。この主張は再考しなければならない。
Q. 2: 古代日本語 (=11世紀以前の日本語) の名詞節の用法は何かに偏っていないか?
A: 他動詞述語の主格補語の例は少ないように思う。要調査。
Q. 3: 古代日本語において,連体修飾語になる名詞節と文の成分になるそれとは,音形を異にしないか?
A: 発表者が知る限り,分節音レベルでも超分節音レベルでも同形である (なお,資料の制約から,超分節音レベルでの違いを古代日本語で追究するのは,極めて難しい)。
Q. 4: 古代日本語の動詞屈折接尾辞の一部は複数の統語的機能を兼ねている。したがって,統語的機能を専一化させているとは言えない。
A: <準体> <連体> の //(-a)-baja// は未見 (研究発表後に『万葉集』を再調査したが)。//(-r)-e// (いわゆる已然形接尾辞) を <連用> としたのは,次の理由に拠る:
i.<準体> <連体> の例は現存の文献では確認できない。
ii.=kosoの結びの例は一見すると <終止> であるが,発表者はこれを曲調と見なす。

「まとめ,アンケート,出版計画の説明」ジョン・ホイットマン (国立国語研究所 教授)

一般討論