「日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究」研究発表会 概要

プロジェクト名
日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究 (略称 : 東北アジア言語地域)
リーダー名
John WHITMAN (国立国語研究所 言語対照研究系 教授)
開催期日
平成24年12月8日 (土) 10:30~17:30
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室

音韻再建班 平成24年度第二回 研究発表会 発表概要

「出雲市大社方言のアクセントとその日本語アクセント史 (研究) 上の位置づけ」平子 達也 (京都大学大学院 / 日本学術振興会特別研究員DC1)

本発表では,出雲市大社方言の名詞アクセント体系について,発表者の調査にもとづき,その共時的アクセント体系を概観し,それに関連する日本語アクセント史研究上のいくつかの問題について述べた。例えば,二音節名詞で言えば,大社方言は1類と2類を完全に統合させることから,それがいわゆる外輪式アクセントの方言であると考えられる。周辺地域の方言が外輪式アクセントを持つことも,これを支持する。しかし,大社方言では他の外輪式アクセントの方言と異なり,4類と5類はある一定の環境下において区別がある。これは既に奥村(1981)などにより報告されているところではあるが,本発表ではさらにこれまでに報告のなかった三音節名詞についても,他の外輪式アクセントの方言とは異なる類の統合の在り方が見られることを指摘した。さらに,大社方言アクセントの存在がラムゼイ説をとるDe Boer (2010)の主張を否定する根拠となりうることも指摘した。大社方言アクセントの共時的・通時的研究をさらに深めることが,日本語アクセント史および日本語アクセント史研究において重要であると考えられる。

「ツングース諸語の歴史と音対応について」風間 伸次郎 (東京外国語大学 教授)

本発表では,ツングース諸語における音対応を中心に,ツングース諸語の歴史について再検討した。その際には,音対応から推定される音変化の成立順序に注目し,「分岐 (の繰り返し) 」という観点から,その歴史を再考した。その際には特に,IV群 (女真語,満洲語,シベ語) がどの時点でどこから分岐してきたかに注目した。また音対応のみならず,文法的な形態素の分布にも注意を払うことによって,ツングース諸語の歴史をより精密に明らかにした。

「ニヴフ語の2音節語根における母音の分布」白石 英才 (札幌学院大学 准教授)

ニヴフ語 (孤立言語,ロシア) の母音の共起制限には/i ɨ u/と/e o a/が同一語根に現れないというhigh vs. non-highにかんするものがあることが知られている。これに対し本発表では共起制限が実際にはさらに複雑であり,1) /i a u/ 対 /e ɨ o/という非中間 (corner) vs. 中間 (non-corner) 母音の対立も含むものであること,2) 円唇性にかんする制約もあることを報告した。また発表後の質疑応答時に参加者から大変有意義なコメントをいくつもいただいたことを感謝申し上げたい。

「中世韓国語音韻論における残された課題」福井 玲 (東京大学 准教授)

本発表は,15~16世紀の中世韓国語の音韻体系に関して,先行研究において研究者によって意見が一致せず,課題として残されている点,および従来あまりと取り扱われてこなかった問題について論じた。子音に関しては,語頭の複子音を表記通りの複子音と見る立場と,sで始まる複子音は後続する子音の濃音化を表すとする2つの立場があるが,総合的に見て前者の方が有利であること,および,どちらの立場でも解釈の難しい『鶏林類事』の複子音に関する1項目について新しい解釈を提示した。母音については,二重母音の音韻論的解釈において,上声にあたる二重母音とそうでないものを区別する解釈を提唱し,その傍証としてアクセントとの関連と,その後これらの二重母音が単母音化する際に長母音と短母音に分かれたことをあげた。また,撮口呼にあたる半母音が東国正韻式漢字音だけではなく,伝来漢字音にも限られた形で存在することを示し,その他に固有語にもそれと並行的に円唇前舌狭母音が存在する可能性を示した。また,応用的な話題として,用言語幹と語尾の間に入るつなぎ母音の起源,用言語尾やいくつかの漢語借用語などに見られるr音化の起源についても論じた。

一般討論