「方言の形成過程解明のための全国方言調査」公開研究発表会 「概要」

プロジェクト名
方言の形成過程解明のための全国方言調査 (略称 : 方言分布)
リーダー名
大西 拓一郎 (国立国語研究所 時空間変異研究系教授)
開催期日
平成24年12月1日 (土) 13:00~16:00 公開研究発表会
開催場所
福岡女学院大学 4号館2階421教室 (福岡県福岡市日佐3-42-1 )

公開研究発表会 (シンポジウム) 全体テーマ「九州・琉球方言の分布と歴史」 発表概要

「九州方言の可能表現」松田 美香 (別府大学)

本プロジェクトの調査票には,可能表現についての質問項目が11項目ある。本調査によって,①「能力可能」と「状況可能」を表す形式の異なり,②「完遂」を表す形式からの可能表現形式への文法化,③可能動詞+レル (ルル) 形の広がりなどを調べようとしている。また,活用の種別と形式の関係も見られる。
今回の発表では,九州方言研究会編 (2004年) 『西日本方言の可能表現に関する調査報告書』等の先行研究を踏まえ,九州での,可能表現形式の多様さと意味の区分の複雑さの原因を解明しようとした。形式については,九州外からの伝播と九州内部での発生の両方の重なりによって多数存在することを検証した。意味については,歴史的に「能力可能」の興隆があり,それに伴って各地で多数の形式が発生し,3区分状態を呈している地域があること (大分) を示した。しかし可能の意味要素は二者択一ではなく,ゆえに安定した意味区分にはなっていないことを九州各地の調査結果から検証した。

「九州方言の連母音の分布と歴史」杉村 孝夫 (福岡教育大学)

九州方言における連母音 ai,ui,oi,ei の分布を見ると,大分県から宮崎県西北部にかけて唇音性を伴う融合長音化が見られる。aiの場合,大分県では[we:]間,[Φe:]灰,[akwe:]赤い,[jawe:]柔らかい,などが県内に広く分布する。宮崎県の日向の北部山間では[arwe:]荒い,[kwe:ta]書いた,[mwe:]眉・繭,のように軽く[w]を伴う。ui,oiも同様に唇音性を伴う。[samwi:]寒い, [awi:]青い,[kwi:]来い(以上大分県), [cikwi:]低い,[nwi:da]脱いだ [amagwi:]雨乞い,[awi:]青い(以上宮崎県西北部)。また,宮崎県西北部には“中舌母音”といわれる母音が分布する。“中舌母音”は唇音性のある融合母音が変化したものであり,年代が若くなると変化の過程を逆行し,もとからある母音[e:]に収斂する。唇音性が生じたのはもともとのイ段・エ段の口蓋性との対立からと考えられる。

「アクセントから九州方言の語源を探る」坂口 至 (熊本大学)

語源の探究は,その語形や意味からなされることが多いが,主観や恣意に流される危険性は常に指摘されているところである。アクセントがそれを補って,語源の探究に寄与し得ることは,すでに中央語史において実証されている。方言 (俚言) の場合,文献に徴して語源を追求することは困難な場合が多いから,語源研究におけるアクセントの有用性は,中央語以上であるとも考えられる。
今回の発表では,アクセントを用いた次の二つの方法を提示し,具体的な例に適用して,九州方言の語源を考えてみた。

  1. ある単語の九州各地のアクセントに型の対応が見られる場合,それによって語類所属と古代アクセントを推定し,そこから語源に迫る方法
  2. 平安末京都アクセントの高起式・低起式アクセントの区別を残し,アクセントにおける複合法則 (いわゆる金田一法則) も残す西南九州二型アクセントを用いて,古代アクセントを推定し,そこから語源に迫る方法

「琉球諸語と九州語のつながりを考える」かりまた しげひさ (琉球大学)

琉球諸語は,日琉祖語から分岐したのち,孤立して現在にいたっているわけではない。たえまない人の移動とそれにともなう言語接触があり,日本諸語,とくに隣接する九州語の影響をうけている。琉球列島内において以下の大規模な人の移動と言語接触が想定できる。
(1) 日本祖語を保持した人々の琉球列島への移動。
(2) 1609年の薩摩侵略以降の人の移動。
(3) 近代以降の日本国への併合と人の移動。
(1) の人の移動は港川人の子孫=先住民の言語を駆逐し,日本祖語を琉球列島に伝播させた。(3) の人の移動と言語接触は,伝統的琉球諸語の音韻,文法,語彙に影響をあたえて変容させているだけでなく,接触言語=琉球クレオロイドを発生させ,同時に琉球諸語そのものの存在をおびやかしている。琉球諸語への九州語の影響の強弱や多寡は,下位言語によってことなるが,奄美語でおおきく,与那国語でちいさい。本発表では薩摩侵略以降の九州語と琉球諸語との関係,九州語の琉球諸語への影響を語彙と文法の面から報告した。