「日本語レキシコンの文法的・意味的・形態的特性」研究発表会 概要

プロジェクト名
日本語レキシコンの文法的・意味的・形態的特性 (略称 : 日本語レキシコン)
リーダー名
影山 太郎 (国立国語研究所長)
開催期日
平成24年9月24日 (月) 10:00~16:10
開催場所
東北大学 片平キャンパス 「片平さくらホール」 (宮城県仙台市青葉区片平2-1-1)

発表概要

10:00-10:30「動詞+動詞型複合動詞研究の現状」影山 太郎 (国立国語研究所)

日本語の動詞+動詞型複合動詞は,現代日本語の問題として重要であるだけでなく,日本語史および言語類型論の観点からも研究価値の高い現象である。研究文献一覧表を配布し,これまでの研究状況と今後の方向について概観した。

10:30-11:00「語彙的複合動詞と統語的複合動詞の連続性について ―「~出す」を対象として―」陳 劼懌 (東北大学 大学院生)

語彙的複合動詞の「~出す」と,語彙的複合動詞の「逃げ出す」タイプ,「流れ出す」タイプの連続性を分析した。まず,手段複合動詞の「~出す」と補文関係複合動詞の「~出す」はともに「外部への移動」という意味を有するので,意味上連続している。次に,補文関係複合動詞の「~出す」と統語的複合動詞の「~出す」はともに補文構造のLCSを有するので,構造上連続している。なお,補文関係複合動詞の「~出す」の LCS は V1 事象の外部への移動を表し,事象の外部への移動は,もともと存在しない事象が現れることに等しいので,統語的複合動詞の「~出す」が表す「事象の突然の開始」と意味上の連続性も見られた。

11:00-11:30「古代日本語における動詞連接トリ―の様相」阿部 裕 (名古屋大学 大学院生)

動詞トル (取) を前項とする動詞連接 ( [動詞連用形+動詞] 形態) トリ―は上代語から現代語まで存在する。阿部 (2011) では上代語トリ―の様相を記述し,動詞の連続 (非一体化動詞連接) と複合動詞が混在することを明示した。本発表では中古のトリ―の様相を報告し,上代のトリ―と比較することによって,古代語複合動詞のあり方の一端を明らかにした。

11:30-12:10「複合動詞の歴史的変化」青木 博史 (九州大学 / 国立国語研究所)

古代語に複合動詞はあったとする説となかったとする説,両説が並び行われているが,古代語と現代語では異なる点が見られることは事実である。本発表では,まず,どこがどう違うのか観察し,その上で,いつ,どのような歴史的変化が起こったのか説明を試みた。近代語 (中世後期以降) における語形成の歴史的変化の一斑として捉えられることを提示した。

休憩

13:10-13:50「日本語と朝鮮語における複合動詞としての成立状況 ―影山 (2012) に基づく分析―」塚本 秀樹 (愛媛大学)

影山 (2012) は,日本語の複合動詞には後項主要部タイプの形態構造と,前項主要部タイプの形態構造の2種類があることを提案し,後者の特殊性について論じているが,朝鮮語で複合動詞として成立するのは前者の場合であり,後者の場合は,非常に限られた少数のもの (全敏杞氏の発表参照) を除き,複合動詞としての成立が不可能であることを指摘した。また,日本語と朝鮮語で構成要素の順序が逆になる複合動詞について,その後の考察結果を報告した。

13:50-14:20「韓国語の語彙的複合動詞における補助動詞的 V2 について ―「V-nata」「V-nayta」「V-tulta」の再考と意味解釈を中心に―」全 敏杞 (大阪大学大学院生)

先行研究では「韓国語ではV2が補助動詞の働きをする複合動詞は存在しない」と分析されてしている。しかし,本発表では「V-nata (出る) 」「V-nayta (出す) 」「V-tulta (入る) 」における V2 は元の動詞の意味を保持しないという点で補助動詞化しており,これらを対象に形態的緊密性のテストをかけた結果,「語」であることを主張した。影山 (2012) は,「語彙的複合語の意味分類の中で, V2 の補助動詞タイプ ( [例] 晴れ渡る,あきれかえる,待ちわびる等) が時間的アスペクトに限らず,広く事象の展開の仕方を表すとして,その V2 は「L-asp (lexcial aspect) 」であると提案している。韓国語の「V-nata」「V-nayta」「V-tulta」も各々の V2 が「V1 の表す事象の展開の仕方」を表している。これらの V2 の特徴は日本語の「L-asp」動詞と類似している。

14:20-14:50「語彙的アスペクト動詞としての「~倒す」について」長谷部 郁子 (筑波大学非常勤)

複合動詞を形成する補助動詞「 (遊び) 倒す」や「 (死に) 果てる」,「 (遊び) まくる」を考察した。補助動詞の「倒す」や「果てる」は,本動詞の「倒す」や「果てる」が持つ語彙的な意味が文法化により消失しているかわりに「反復」や「完遂」を表すアスペクト動詞として機能する。統語的複合動詞 (影山1993) を形成する「まくる」も「反復」アスペクトを表す。本発表では,「遊び倒す」や「死に果てる」は影山 (2012) が提案するL-asp (語彙的アスペクト) を表す動詞である一方,「まくる」は統語的アスペクトを表す動詞であると主張し,「倒す」や「果てる」は語彙的機能範疇VL-Aspに基底生成されるのに対し,「まくる」は機能範疇H(igh)-AspP (Fukuda (印刷中) ) の主要部に基底生成されると提案した。

休憩

15:10-15:40「「複合動詞レキシコン」の形態的・統語的・意味的情報」神崎 享子 (国立国語研究所)

複合動詞はアジアの言語に特徴的であり,また日本語でも使用頻度の高い語彙であるが,ある程度の規模で形態的・統語的・意味的情報を付与した複合動詞データベースはまだ見られない。国立国語研究所の日本語レキシコンプロジェクト (リーダー : 影山) では,現在,複合動詞データベース「複合動詞レキシコン」を開発中であり,3月に公開を予定している。本発表では,この「複合動詞レキシコン」についての進捗と予定についてのべた。

15:40-16:10「データに基づく複合動詞用例データベースの構築と活用」山口 昌也 (国立国語研究所)

本発表では,Webデータに基づいた,日本語の複合動詞データベースの構築方法,および,活用例について述べた。データベース構築の目的は,複合動詞とその構成動詞の格要素の対応関係を分析することである。データベースに収録する複合動詞は,Webにおける使用頻度に基づいて決定し,その構成動詞もあわせて収録する。各動詞には,表記,読み,語構成情報の他,Webから収集した格解析済みの用例を収録する。当日の発表では,構築した複合動詞データベース (http://csd.ninjal.ac.jp/comp/) の内容を実例を交えて,紹介した。また,活用例として,複合動詞と構成動詞の格要素の対応関係分析を行った結果を示した。