「日本語変種とクレオールの形成過程」研究発表会 発表内容「概要」
- プロジェクト名
- 日本語変種とクレオールの形成過程 (略称 : 海外の日本語変種)
- リーダー名
- 真田 信治 (国立国語研究所 客員教授)
- 開催期日
- 平成24年9月4日 (火) 10:00~17:00
- 開催場所
- 中国 延辺大学 (中国吉林省 延吉市 公園路977)
発表概要
「新しい『言語イデオロギー』に向けて」真田 信治 (国立国語研究所 時空間変異研究系 客員教授)
近代以降に一般化した言語イデオロギーとして,民族と言語を結びつけるイデオロギーがある。しかし,個人が単一化されない言語的アイデンティティを持つことや社会でさまざまな異なる言語が使われることを否定的にみないイデオロギー,すなわち多言語社会の現実に対応する言語イデオロギーの育成をめざす場合においては,個人や社会の単一言語性,また言語の均質性を望ましい状態とみなすような近代的言語イデオロギーを根本から問いなおす必要があることについて諸種の事例を掲げつつ述べた。
「日本語教育からみた『単一民族国家日本』という神話」ダニエル・ロング (首都大学東京 教授)
近い将来,日本は介護士や看護師など多くの外国人を定住移民として迎えなければならない。これまで日本は単一民族社会だったため,言語政策の見本となるのは中国や米国のような多民族国家であると言われてきた。しかし,アイヌ,小笠原欧米系島民,また在日コリアンや華僑といった異民族の存在を考えると,「単一民族国家」というのは神話にすぎない。日本国内における多民族社会の実態を捉えつつ将来の定住型外国人を対象とした新しい日本語教育の在り方を考える必要性について述べた。
「移動するサハリンの朝鮮人と日本語」朝日 祥之 (国立国語研究所 時空間変異研究系 准教授)
世界各地に形成される朝鮮人コミュニティの言語生活を明らかにする試みとして,朝鮮半島からサハリンに渡った朝鮮人と彼らの日本語を取り上げた。彼らの民族移動史を概観した後,北サハリン,南サハリンにおける日本語,朝鮮語教育について説明を試みた。それを踏まえ,彼らの言語使用に見られる特徴を述べた。彼らの言語使用に関しては,朝鮮語,日本語,ロシア語がそれぞれ使用される使用場面,コード切り換え,朝鮮語,日本語の言語的特徴を具体例とともに紹介した。
「災害時の外国人のための『やさしい日本語』をめぐって」水野 義道 (京都工芸繊維大学 准教授)
当初,地震発生時における外国人を対象とした情報提供において使用されることを想定して研究が始められた「やさしい日本語」は,その後,地方自治体の広報やNHKのウェブニュースで用いられるようになるなど,使用の幅の広がりを見せている。「やさしい日本語」の現状と英語およびスウェーデン語における「やさしい英語」「やさしいスウェーデン語」の取り組みとを比較し,今後の「やさしい日本語」研究の進むべき方向について考察した。
「言語地図作成方法の現状 ―GISソフト『MANDARA』を利用して―」鳥谷善史 (天理大学 非常勤講師)
日本における言語地図作成方法についての変遷を概説するとともに,最新の作成技術として GIS ソフト『MANDARA』を例に,利用に際しての技術的な留意点や設計思想を概説した。また GIS ソフトの代表的機能であるレイヤー機能の有効性について,岸江信介他 (2001) 『大阪府言語地図』の調査項目「南風」における「マゼ」系の分布と漁業従事者割合との相関を示し,レイヤー機能による分布要因分析の有効性や実証性について証明し,利用を促した。
「延辺朝鮮族における日本語系借用語の使用実態」全 永男 (延辺大学 副教授)
朝鮮半島から中国へ移住した中国朝鮮族は,旧「満州国」において,朝鮮半島と同じく強制的に日本語教育を受けさせられた。日本語は,中国朝鮮族のコミュニケーション手段として定着することはなかったものの,借用語として中国朝鮮族の言語生活に影響を与えたことは認められる。その影響は,現在の中国朝鮮族の日常会話にも現れている。発表では,中国延辺朝鮮族の日本語系借用語の理解度及び日本語系借用語の使用実態をより明らかにした。
「在日朝鮮人文学と日本語異化」金 正雄 (延辺大学 専任講師)
在日朝鮮人文学には世代別の差違が見られるが,言語的な表現上共通に存在する問題として文書のなかに多数存在する「朝鮮語 (朝鮮語の音読みを日本語の平仮名或いはカタカナで表記) 」の使用がある。発表では,戦前日本で活躍した在日朝鮮人小説家金史良の日本語作品を中心にして在日朝鮮人作家たちが如何なる目的で日本語文学の中で「朝鮮語」を使用したか,またその使用は日本語の異化と如何なる関連性を持っているかについて考察した。
「延辺地域クレオール言語に関する一考察」孫 雪梅 (延辺大学 副教授)
延辺朝鮮語は北朝鮮の咸鏡道方言を基礎にしているものの,地理的・歴史的環境の影響を受けて,そのアクセント,単語の用法及び文法上,特有の言語現象を生じさせた。その使用状態から見ると,使用者の年齢,職業,学歴,居住地域の差異により,非常に複雑であるが,大体,高年齢層は日本語からの借用語,低年齢層は韓国語からの借用語を使用し,延辺朝鮮語における日本語借用語は徐々に消滅しつつあることが分かった。
「黒龍江省方正県における日本語を中心とする言語景観」張 守祥 (佳木斯大学 教授)
中国残留日本人孤児・婦人の里と呼ばれている方正県における言語景観の実態を考察するものである。言語景観のすべてが市場経済の原理に従って構成されているわけではない。方正県の事例で明らかなように,中国には行政主導型の言語景観も存在している。日本人居住者の存在しない方正県に日本語を中心とする言語景観が主流なのか何故か。それは現実的な需要,すなわち眼前の商業利益などではなく,むしろ未来志向の日系企業誘致のための宣伝広告なのである。