「首都圏の言語の実態と動向に関する研究」研究発表会 概要

プロジェクト名
首都圏の言語の実態と動向に関する研究 (略称 : 首都圏言語)
リーダー名
三井 はるみ (国立国語研究所 理論・構造研究系)
開催期日
平成24年7月22日(日) 14:00~17:00
開催場所
日本大学 文理学部 7号館 4階 国文学科学生室 (〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40)

テーマ「首都圏地域のアクセント」 発表概要

首都圏地域のアクセントは,一地域のアクセントとしてだけではなく,標準語・共通語の基盤言語として研究の対象になってきた。そのため,語アクセントのゆれ,年齢差・地域差,変化といった,同一体系内におけるバリエーションに関する調査研究が盛んに行われてきている。一方首都圏東部には,埼玉特殊アクセントを初め,共通語基盤方言とは異なる体系のアクセントが行われ,内的・外的な変化を続けている。今回の研究会では,研究の課題,既存データの統合再分析,東京と同一,および,異なるアクセント体系の地域方言の調査報告,という4件の講演・研究発表を受け,首都圏地域のアクセントについて議論を深めた。

講演 「東京・首都圏アクセント研究の課題」佐藤 亮一 (国立国語研究所 名誉所員)

東京のアクセントは世代差 (年齢差) ・地域差が著しい。つまり,東京のアクセントは変化しつつある。発表者が他の研究者とともに東京都区内,東京多摩地域,宇都宮市,仙台市,福井市,埼玉県秩父地方,宮城県北部で実施した調査結果などを用いて,東京におけるアクセントの世代差と地域差,さらに全国各地の方言アクセントの東京アクセント化 (共通語化) について述べ,首都圏アクセント研究の今後の課題として,①東京アクセント変化の方向の体系的把握,②変化した時期の推定,②東京アクセントの全国各地への影響,④東京アクセントの古層の把握,⑤今後のさらなる調査などが必要なことを述べた。

「地理的言語データの統合的分析 ―首都圏形容詞アクセントを事例とした試行 ―」林 直樹 (日本大学 大学院生),田中 ゆかり (日本大学 教授)

本発表では,これまで別々の研究者によって蓄積されてきた地理的な言語データを統合し,言語地図としてさまざまな情報を付与した上で展開するための試行を行った。データの統合によって,時代・調査主体を超え,一元的にある言語事象について検討することが可能になると考えられる。また,本試行を通して,地理的言語データを統合的に分析することの長短を検討し,個別の調査研究では明らかにしえなかった事象を解明する手掛かりを得ることを目指す。最後に,本試行で行ったデータの共有や分析がWeb上で行えるような,言語資源の新しい活用法を視野に入れたシステムの構想を提示した。

「神奈川県小田原市方言のアクセント」坂本 薫 (國學院大學 大学院生)

小田原市は神奈川県西部沿岸,都心からおよそ70㎞のところに位置する人口19万の市で,神奈川県南部方言に属する。小田原のアクセント体系は東京式に属し,ほぼ東京アクセントと同じであるが,多拍語の名詞に尾高型が多いことや形容詞の終止形の対立が保たれていることなどの古い型が観察される。この古い型は周囲の関東方言,もしくは東京方言のアクセントの古相と同じ型であり,小田原方言のアクセントは東京のアクセントより古い姿を保っていると解釈できる。また,若年層においても古い相の保持が観察される。本発表では,世代別に小田原市方言のアクセントの,古相と年代差について述べた。

「埼玉県特殊アクセントにおける3拍名詞の音調 ―久喜市高年層に見られるゆれ―」亀田 裕見 (文教大学 准教授)

埼玉県久喜市は埼玉特殊アクセントと呼ばれる地域に属する。さらに詳しくは,金田一春彦氏 (『日本語の方言研究』 (東京堂出版) 1977年) によれば,この地域の中でも,「草加式アクセント」と栃木や茨城に分布する「無型アクセント」との中間的性質をもったもので,「久喜式アクセント」と呼ばれている。「箸」と「橋」,「雨」と「飴」といった同音異義語を区別して発音しているように聞こえるが,その形は東京のアクセントが違うという。例えば,「雨」はアに対してメの方が高く,逆に「飴」はアの方がメより高くなることが多く聞かれる。例えば談話の中で次のようなアクセントが聞かれた。

オビダノナンテ」[○●ダノナンテ]
アメガフッタラネ」[○●ガフッタラネ]

この音調が京阪式アクセントの音調に似ていることで注目を集めたが,これは東京式のアクセントの変種ととらえられている。実際はかなり音調形のゆれが激しく,そのような音調が安定して現れるわけではない。ゆれは個人間にも個人内でも起こる。以下も談話からの例である。

A氏: ウマガユーコトキカナイ [●●ガユーコトキカナイ]
B氏: ウマニバカニサレタ [●○ニバカニサレタ]
C氏: サツマガー [●●○ガー]
C氏: サツマホリキタノ [○●○ホリキタノ]

また,型の弁別意識も曖昧である。2拍名詞によるミニマルペアの比較発話では,発音の音調がかなり揺れつつ,「なんとなく違う」「すこし違う」という反応が得られる。
このような久喜市のアクセントについて,3拍名詞における傾向をまとめる。従来,2拍名詞に関する研究は多いが,3拍以上の語についての研究はあまりなかった。これは2拍名詞はアクセント語類による比較がしやすく,比較方言学的な研究において有効であるためであると思われる。しかし,発表者は揺れの実態をよりつかむためにはもっと長い語についても研究する必要があると考えている。
本発表でまずは3拍名詞の音調形について,個人内,個人間のゆれの実態を報告した。


コメント : 佐藤 亮一,司会 : 三井 はるみ