「日本語レキシコンの音韻特性」,「消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究」合同研究発表会

プロジェクト名,リーダー名
日本語レキシコンの音韻特性 (略称 : 語彙の音韻特性)
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系)

消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究 (略称 : 危機方言)
木部 暢子 (国立国語研究所 時空間変異研究系)
開催期日
平成24年6月23日 (土) 13:00~17:30
平成24年6月24日 (日) 10:00~15:00
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)

発表概要

平成24年6月23日 (土)

「非母語話者による日本語の長短音素の聴知覚特性と学習 ―時間情報のバリエーションの差異を用いた訓練と学習効果を中心に―」鮮于 媚 (上智大学 / 早稲田大学)

本研究は日本語学習者に効果的な特殊拍の聴取訓練方法を提案することを最終目的とし,実証的に訓練条件と学習効果の関係について把握を試みた。特に,本研究では,「促音」と「非促音」,「長母音」と「短母音」の対立に着目した。どちらも時間長の違いによる音素対立なので,共通のメカニズムが存在している可能性がある。これを調査するため,時間情報のバリエーションを用いた聴取訓練を実施した。時間情報の要素として発話速度と呈示文脈を用いた。調査の結果,発話速度や呈示文脈のバリエーションを利用した訓練は学習効果だけではなく,訓練を行わない音素への般化範囲にも影響を及ぼすことが判明した。しかし,これらの学習効果や般化範囲は限定的であった。この理由として学習者の長短音素を判断する際に時間長以外の要素が影響を与えている可能性を考え,検証を行った。検証実験からは心理音響量の1つであるラウドネスに関連した値が長短音素の誤判断と相関が出た。このことは,長短音素訓練においては時間的な要素だけでなく,時間以外の要素も考慮する必要があることを示唆する。

「『捷解新語』における語頭の濁音表記とアクセントの関係」福井 玲 (東京大学)

『捷解新語』は朝鮮で1676年に刊行された日本語の教科書であり,日本語本文と,その発音を示すハングルによる音注,朝鮮語対訳という3つの部分からなる。本発表では,音注における日本語の語頭の濁音の表記と,捷解新語の著者が接していたと思われる京阪アクセントの間に関係があることを示した。朝鮮語は当時も現在も語頭において有声・無声の対立を持たないが,捷解新語においては,日本語の語頭濁音の表記に,鼻音+閉鎖音という2子音の連続が用いられている場合と,清音の場合と区別がつかない,閉鎖音のみで記されている場合の2通りがある。本発表では,前者の表記がなされるのは,京阪アクセントにおける高起式の場合であり,後者の表記は低起式の場合が多いことを示した。
このことを音声学的に次のように説明した。一般的に有声音は対応する無声音に比べて低いピッチで発音されるが,低起式の場合,語頭の有声音の低いピッチが,アクセントによる低いピッチと相まっていわば無標のものとして聞きとられたのに対し,有声音でありながら,高いピッチで発音される高起式の場合にはそれだけ耳だって聞こえ,有標の表記が選択されたということである。ただし,鼻音を伴った表記の音声学的な実態についてはなお考慮する必要がある。また,この結果はこの音注を付けた人物は,当時の京阪アクセントを直接耳にしていたことを示唆する。但し,それを音の高低そのものではなく,それに付随する清濁とのかかわりの中で表現したのである。捷解新語の著者である康遇聖は,文禄の役 (壬辰倭乱) に際して1592年頃にわずか12歳で捕虜となり日本に連れて来られて以来約10年にわたって居住した地域は京阪地域であったことが知られており,この音注を付けた人物は康遇聖自身であったと考えられる。さらに語中での並書による表記についても,高起式・低起式の区別と関係がある可能性があるが,この問題は今後の課題である。

平成24年6月24日 (日)

「宮古島方言における準体助詞準体句の発達―宮古島城辺方言のデータを中心に―」坂井 美日 (大阪大学 大学院生)

本発表では,文献調査と現地調査から,宮古島方言における準体助詞準体句の発達過程を示した。まず準体助詞について,a) 従来出自が不明とされてきた宮古島方言の準体助詞suは,かつてはヒトを指す名詞であったことを示し,b) 現代宮古島方言の準体助詞は文法化によって成立したものであること指摘した。そして準体句について,c) 宮古島方言の準体句は,用言のみで構成される準体句 (φ準体句) から準体助詞を付す準体句 (準体助詞準体句) へと体系を変えつつあることを指摘したうえで,d) その変化の方向性については,変種の対照から,モノ・ヒトなど形状性をあらわすタイプのものから先に準体助詞準体句への移行を完了させ,その完了に続いてコトガラをあらわすタイプが準体助詞準体句に移行するということを指摘した。

「奄美諸島方言の世代間変容」町 博光 (広島大学大学院教育学研究科)

琉球方言は急速な勢いで全国共通語化が進み,現在,伝統的な方言は消滅寸前である。琉球方言圏の北部域に位置する奄美諸島方言でも方言の消滅は例外でなく,中年層以下の年代では伝統的な方言での会話はほとんどおこなわれず,新しくできた普通語で会話を行っている。
いったいどの程度の共通語化が進んでいるのか。島ごとでの共通語化の違いは認められるのか。どのような言語要素から共通語化していくのか。奄美諸島の各島で収集した対話資料を用いて,奄美諸島における共通語化の実態を報告した。