「消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究」研究発表会の概要

プロジェクト名
消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究 (略称 : 危機方言)
リーダー名
木部 暢子 (国立国語研究所 時空間変異研究系)
開催期日
平成24年2月18日 (土) 13:00~17:35
平成24年2月19日 (日) 10:00~15:30
開催場所
国立国語研究所 3階 セミナー室

「方言研究とテキスト ―現状と展望」 発表概要

平成24年2月18日 (土)

「テキストをもとにした「文」の特徴づけ」下地 理則 (群馬県立女子大学 / 国立国語研究所)

発表者急病のため,発表取り止め。

「昔話の「語りの型」とその地域差」日高 水穂 (関西大学)

昔話は,定型性と虚構性によって特徴づけられる口承文芸であるが,昔話を語る言語表現の型 (以下「語りの型」) には,地域差が認められる。本発表では,方言で記録された全国の昔話資料をもとに,昔話の「語りの型」を以下の3つの観点から比較し,言語形式のみならず,「語りの型」にも地域差があることを見た。
(1) 開始・終結の型 : 昔話の開始部と終結部を見ると,定型的な発端句・結末句の有無と表現のバリエーションに地域差が認められる。
(2) 展開の型 : 昔話の語りの展開のさせ方を接続表現に注目して見てみると,テ節でつないで文の区切り目を生じさせない型,「それで」「そうしたら」系の順接の接続詞を多用する型などがあり,その分布には地域差が認められる。
(3) 描写の型 : 昔話の語りには,過去形+伝聞表現で結びつらねる「描写型」と,現在形を混在させ,ノダ (ワケダ・ワケナノダ) を含む文末形式で結ぶ「説明型」に大別することができる。後者は語り手の解釈や聞き手に語りかける表現が語りの中に組み込まれる場合もある。この2つの型には地域差がある。

「日本語史資料としての方言テキスト」新田 哲夫 (金沢大学)

石川県白峰方言の民話テキストをとりあげ,そこに見られる古い日本語 (中央語) の特徴と関連する研究課題について述べた。取り上げた話題は,(1) 準体句と接続助詞,(2) 助動詞ウズ,(3) 動詞テ形+判定詞 (ジャ・ヤ) である。(1) では,いわゆる連体形の体言用法が残されていることを述べた後に,テキストの中で準体句+格助詞ガが接続助詞に変化しつつある様相が捉えられること指摘した。(2) では,意志推量の助動詞ウズがテキストの中に見られることを述べた後に,それらが現れる環境について述べた。(3) ではテキストに現れる動詞テ形+判定詞の形式が敬語ではなく,完了のアスペクトをともないながら,当該の事情を述べることで,出現する結果を暗示する用法であることを述べた。

「関西方言の自然談話にみるワ行五段動詞ウ音便形の衰退と残存」高木千恵 (大阪大学)

本発表では,1990年代に収録された関西方言の自然談話を資料として,当該方言におけるワ行五段動詞ウ音便形の衰退と残存について考察した。関西方言では,「言う」「歌う」といったワ行五段動詞がテ形を作る際,「ユーテ」「ウトーテ / ウトテ」のようなウ音便形を取ることが知られている。しかし近年は,アンケート調査や面接調査に基づいた研究によって,ウ音便形から促音便形 (「ユッテ」「ウタッテ」など) へというシフトの様相が明らかとなっている。今回取り上げた談話資料でも同様のことが確認されたが,変化の進行度合いには動詞による偏りがあり,「言う」と「思う」の2語ではウ音便形の使用率が高かった。本発表ではその要因として,引用マーカーのゼロマーク化 (いわゆる「ト抜け」現象) の存在を挙げ,トやッテといった引用マーカーが使用されない場合にウ音便形の使用率が高くなっていることから,ゼロマーク化とウ音便形の残存とが連動していることを指摘した。

平成24年2月19日 (日)

パネルディスカッション

  • 提言 1. 「津軽方言における推量形式『ビョン』の使用状況」
    大槻 知世 (東京大学 学部4年生)

    津軽方言の「ビョン」は推量形式「べ」と異なり,判断の根拠が相手に受け入れられるか否かを考慮せずに用いられる推量形式である。十歳代への質問票調査と高年層への面談調査によると,「ビョン」は概ね高年層が用い,十歳代では殆ど使用されない。しかし,三十歳代では「ビョン」の使用が安定して観察された。このため,同じ若年層でも「ビョン」が継承されているグループと継承されていないグループがある。これには津軽地方での居住年数と中年層以上との接触の頻度,および彼らとの会話の必要性が関与していると思われる。

  • 提言 2. 「喜界島方言 ―テキストから見る動詞形態論上の問題」
    白田 理人 (京都大学 大学院生)

    1. 波照間方言の動詞語根に付加しうる接辞が屈折接辞であるか,派生接辞であるかを Haspelmath and Sims (2010) の指標をもとに,テキストで観察される動詞形式の頻度と合わせて認定した。その結果,語根に承接される順番が遠ければ遠いほど屈折接辞らしさが現れることを指摘した。
    2. 波照間方言の動詞は,動詞語幹単独では主節の主要部を占めることができない。しかし,接語と思える要素が動詞語幹に直接付加し,その形式が主節の主要部を占めることがしばしばテキストで観察される。波照間方言では,ある接語が時に屈折接辞的に,時に接語的に働くことを指摘する。さらに,推量を表す接語 =sa は,屈折詞的な接語 (宮岡2002) であることも指摘した。

  • 提言 3. 「八重山波照間方言における動詞の屈折と派生をテキストから考察する」
    麻生 玲子 (東京外国語大学大学院 / 日本学術振興会 研究員)

    琉球語喜界島方言は,鹿児島県大島郡喜界町で話されている,琉球語のうち最も北の言語変種であり,語彙面・音韻面・形態面に渡って集落差がある。本発表では上嘉鉄集落と小野津集落の動詞形態論記述を行い,その集落差と背景にある歴史的プロセスについて検討した。特に動詞形態論記述に際し考慮すべき現象 (脱従属化・名詞化) について,自然談話のデータを視野に入れながら考察した。

全体討議

コメンテーター : 中山 俊秀 (東京外国語大学),風間 伸次郎 (東京外国語大学),木部 暢子 (国立国語研究所)

報告要旨

以上の発表に対し,風間 伸次郎 (東京外国語大学),中山 俊秀 (東京外国語大学),木部 暢子 (国立国語研究所) がそれぞれ,言語記述における3点セットの重要性,口承文芸の記述,談話研究の意義,面接調査と談話調査の関係等の観点からコメントを行った。その後のディスカッションでは,自然な談話を引き出す方法等について質問がなされ,参加者全員で意見交換を行った。