「日本語レキシコンの文法的・意味的・形態的特性」研究発表会発表内容の「概要」

プロジェクト名
日本語レキシコンの文法的・意味的・形態的特性 (略称 : 日本語レキシコン)
リーダー名
影山 太郎 (国立国語研究所長)
開催期日
平成23年6月19日 (日) 13:30~16:40
開催場所
日本大学 文理学部キャンパス 百周年記念館

日本言語学会・国立国語研究所 共催 公開シンポジウム
「言語におけるデキゴトの世界とモノの世界」 発表概要

司会 : 加藤 重広 (北海道大学)

一般に,動詞は「出来事」,形容詞類は「状態」,名詞は「物」を表すとされ,それらの関係は時間的安定性 (Givon. 1984) といった概念で概ね捉えられるように見える。しかし現実には,文法カテゴリーと時間的安定性は一対一に対応しない。動詞が物の属性を表したり,名詞が出来事・動作を表したりする例は多いし,形容詞類の中にも恒常的な特性を表すものと一時的な状態を表すものがある (Carlson. 1980 のindividual-level predicates 対stage-level predicates) 。従来,このような現象は語彙ないし意味の狭い範囲で論じられることがほとんどで,統語構造・形態構造との体系的な関連づけはなされていない。本シンポジウムでは,デキゴトの世界 (時間の流れに沿って展開する事象[出来事,動作,状態]) とモノの世界 (時間の推移を超越して成り立つ恒常的な属性・特性) の違いが統語論・形態論にどのように反映されるのか,また,これら2つの世界は相互にどのように関係するのかといった問題を,諸外国語および日本語方言も射程に入れて検討し,人間言語における「意味と形の対応」について理解を深めた。

Ⅰ 全体の展望

「属性と事象の区別とその言語学的意義」影山 太郎 (国立国語研究所)

事象叙述 (あるいはstage-level predication) と属性叙述 (あるいはindividual-level predication) の区別は,語彙や意味解釈の問題を超えて,統語制約の適用性や他動性の度合いといった文法事項と深く関わる。とりわけ,事象叙述文では非文法的となるはずの表現が属性叙述文では適格になる傾向が観察される影山 (『言語研究』136 号,2009) 。本発表では,この観察を裏付ける新たな事例として,「非対格動詞+づらい」,方言の属性可能,道具主語構文などを紹介した。

Ⅱ 属性から事象へ

「日本語諸方言の形容詞述語文」八亀 裕美 (京都光華女子大学)

動詞,名詞の二大品詞に対して,形容詞は第三の品詞であり,中間的な位置づけになる。話し言葉である日本語の諸方言では,形容詞は述語として機能することが多く,形態論的にも豊かな体系を持っている。本発表では,日本語の諸方言において,形容詞が述語になる場合,〈一時的状態〉であることを明示する形態論的手段を持っているケースがあり,人の存在を表す動詞が文法化された形式が用いられることを報告した。

Ⅲ 事象から属性へ

「日本語のいわゆる (主語から目的語への繰り上げ構文) 」Stephen Wright HORN (Oxford 大学)

日本語のいわゆる「主語を目的語への繰り上げ」構文の補文の中で,対格主語に対する述語に制限があるといわれている。その制限が除外するものとして,テンスを持つ述語や一時的状態を表す「場面レヴェル述語」などが挙げられてきた。しかし,総称解釈や結果解釈や時・空間的先行者の下ではそういった述語が成立することから,「存在断定の制限」が働いていると分かる。この制限は対格主語の一定性やスコープ現象も説明してくれる。

「ワロゴ語 (豪州) における属性の表現」角田 太作 (国立国語研究所)

ワロゴ語には属性だけを表す動詞活用範疇も構文も無い。しかし,動詞の活用範疇にPurposive と呼ばれるものがある。Purposive は主に動作を表す。即ち,出来事を表す。具体的には,目的,意図,未来などを表す。しかしPurposive が明らかに属性を表すと思われる場合がある。例えば「このキャンプに滞在しよう」 (動作) に対して,「このキャンプは滞在するには寒い」 (属性) といった表現である。実例で,属性の持ち主を指す名詞句は必ず文頭に立つことを示した。

「コリャーク語の属性叙述専用形式と異常な統語操作」呉人 恵 (富山大学)

日本語発信の属性叙述研究は,類型論的にその視野を広げつつある。ただし,属性叙述専用形式をもつ言語の存在は今まで知られていなかった。本発表では,1) コリャーク語 (チュクチ・カムチャツカ語族) には明確な属性叙述専用形式があること,2) この形式は,事象叙述文の一般構造制約に違反した異常な統語操作を示すが,これは属性叙述において通言語的に観察される「他動詞性の低下」現象にあたること,この2点を主に論じた。

「中国語の付加詞主語構文について」沈 力 (同志社大学)

中国語の動作動詞には道具や場所を表す付加詞が主語の位置に生起するという現象が観察される。本研究では,このような構文が付加詞の役割を描写する属性叙述構文であることを明らかにした。動作動詞には事象叙述機能と属性叙述機能がある。動作動詞における事象叙述機能とは,動作者の意志に基づいて展開する事象を時間の流れに沿って叙述する機能である。動作動詞の属性叙述機能とは,動作事象におけるモノ・ヒトの役割を時間の流れを超越して叙述する機能である。

Ⅳ 総括

「日本語の属性叙述と主語標識」益岡 隆志 (神戸市外国語大学 / 国立国語研究所 客員)

本発表では,叙述の類型のなかの属性叙述に焦点を当て,日本語からのアプローチを試みた。日本語からのアプローチを考えるとき,主題卓越型言語の特性を活かし,提題構文における主題標識の現れ方に着目するのが有効である。日本語には汎用的な主題標識である「ハ」に加え,主として複合により形成される専用的・有標的な主題標識が存在する。本発表では,専用的・有標的な主題標識のなかの「トイウノハ」・「トキタラ」を取り上げ,それらが属性叙述に特化した主題標識として機能することを示た。

V 総合討論

会場の参加者とパネラーとのディスカッション