「テキストにおける語彙の分布と文章構造」研究発表会内容「概要」
- プロジェクト名
- テキストにおける語彙の分布と文章構造 (略称 : 語彙と文章構造)
- リーダー名
- 山崎 誠 (国立国語研究所 言語資源研究系 准教授)
- 開催期日
- 平成22年12月5日 (日) 14:00~17:00
- 開催場所
- 日本女子大学 目白キャンパス 百年館 低層棟 3階 大学院演習室
発表概要
「学術論文の本論における論の展開 ―構成要素のつながりから見る―」清水 まさ子 (日本大学 非常勤講師)
本発表では,『英文学研究』と『心理臨床学研究』という分野の異なる論文の本論において,構成要素がどのようにつながり論が展開されているのか調査した。本発表でいう構成要素とは,事実,引用,取り上げ,評価的描写,推論・解釈の5つを指す。調査方法としては,各分野における構成要素の数を調査し,それらの構成要素のつながり方を n-gram を用いて調査した。その結果,『心理臨床学研究』では章ごとに出現する構成要素と構成要素のつながり方に節ごとの偏りがみられた。一方,『英文学研究』は『心理臨床学研究』と異なり,出現する構成要素と構成要素のつながりにおいて章ごとの偏りが見られなかった。以上の結果から,異なる分野においては,論文の構造が異なるだけではなく,構成要素や構成要素のつながり方にも違いがみられることがわかった。
「させる」文の文脈の違いによる使用状況について
―会話・小説・科学的入門書のコーパスによる調査結果―」江田 すみれ (日本女子大学 教授)
会話・小説・科学的入門書をもとに「させる」表現の使用数・用法を調査した。その結果,Yに無情物をとる文が多いことがわかった。
会話では有情者間の使役や許可放任,小説では多様な用法,科学的なテクストでは他動詞的な用法と,テクストによって「させる」表現はかなり明確に違いが見られる。
会話では,指令の意味の「させる」表現は明確な上下関係のある場合に使われ,それ以外では避ける傾向が資料の上からも実証された。今回資料とした社会人の男性の会話では「させていただく」の形の丁寧な依頼がよく見られた。
小説・人文科学の新書ではYに無情物が来る「原因」「XY動作・作用」の用法が多く見られた。「原因」の用法では,小説は個人の感情の動きの描写であり,人文科学は人々の心情の動きを述べる表現,と多少表現の仕方が違っている。「XY動作・作用」では小説・人文科学ともに個人の身体の一部の動きを描写する表現で用いられていた。科学的な入門書の中では人文科学が「させる」表現の出現傾向で小説にやや近い結果となった。
社会科学・自然科学ではYに無情物が来る「働きかけ」の文が多く見られた。「働きかけ」というのは無対の自動詞を「させる」表現にすることによって他動詞として使う用法である。科学的な書物では特に漢語動詞のさせる形がよく用いられている。また,他動詞といっても原因に近い意味を持つもの,関係概念を表わすものなど,広い意味関係が見られた。
「テキストにおける語彙的連鎖」山崎 誠 (国立国語研究所 言語資源研究系 准教授)
テキストにおける語彙的結束性のあり方を観察するため,語彙的連鎖 (lexical chain) の状況を観察した。「現代日本語書き言葉均衡コーパス」を利用し,同一語の繰り返しを小説のサンプルと非小説のサンプルとで語彙的連鎖の長さを比較した。テキストを10分割した場合に,それらのうちの何区間に出現するかという分布を比べたところ,小説のサンプルと非小説のサンプルとでは分布上の差は見られなかった。連続して出現する区間数 (どれだけ結束性が維持されるか) の平均値でも統計的な有意差は見られなかった。ただし,比較したサンプルは小説が非小説の2倍以上の長さであり,公平な比較にはなっていないため,テキストの長さが同程度のサンプルで比較しなおすことが必要であるとの指摘を受けた。また,連続して出現する文の数では,3文以上に出現する語を比較したところ,助詞・助動詞を除くと,小説で12語,非小説で17語見られた。両者に共通する語は2語 (「有る,言う」) のみであり,近接した文に連続して出現する語はそのテキスト固有の話題との関連が高いことが窺われた。