「多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明」研究発表会 概要

プロジェクト名
多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明 (略称 : 現代日本語の動態)
リーダー名
相澤 正夫 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授)
開催期日
平成22年6月12日 (土) 14:00~18:00
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室

発表概要

「専門家と非専門家の情報共有のための語彙論的課題」田中 牧郎 (国立国語研究所 言語資源研究系 准教授)

個人の意思決定や社会的な合意形成においては,専門家は分かりやすく説明し,非専門家はそれを理解しようとするが,専門用語が両者の情報共有を妨げている問題がある。この問題は,市民が参加する裁判員制度が導入された法曹界と,患者中心の医療が広まりつつある医療界とで特に強く認識され,それぞれ,法廷用語と医療用語を分かりやすくするプロジェクトが実施され,発表者も検討の一員に加わった。二つの検討過程を対応づけながら検証すると,社会言語学における語彙論的課題として,(1)専門用語の類型,(2)専門用語と日常語の関係,の二点を研究する重要性が浮かび上がった。
(1)については,非専門家にとっての「認知度」「重要度」の二つの指標を組み合わせることによって,「専門家だけの専門用語」「専門家と非専門家が共有する専門用語」の二類に振り分けることが有益である。(2)については,「専門家だけの専門用語」を説明するのに用いる日常語を引き当て,専門用語を使う場面と日常語を使う場面を整理する作業が求められ,「専門家と非専門家が共有する専門用語」は,専門家が思い浮かべる意味と非専門家が思い浮かべる意味の異同を解明することが必要である。

「法令の言語変異を探る」松田 謙次郎 (神戸松蔭女子学院大学 教授)

法令中に言語変異は存在するのか,存在するのであればそれはどのような変異で,なぜ生まれたのか。こうした問題意識から,本発表では現行法令に見られる,サ変動詞に生起する五段活用や一段活用とのゆれ (例えば「適さない~適しない」「乗じる~乗ずる」など) を取り上げた。法令データをダウンロードし,フォーマット変換を施した上で「ひまわり」上で調査を行った。調査対象とした動詞は,法令コーパス内で変異が認められ,生起数が両変異形の合計で100以上の動詞14語である。法令中のゆれは先行研究の報告事例と同様の傾向を示し,法令がある程度日本語のゆれを反映している状況が窺えた。多くの場合同一法令内では単一の変異体が観察されるものの,複数の変異体が存在する場合もある。標準語の典型的使用例と想定される法令で少なからぬ変異が観察される事実は,標準語自体が変異を内包した体系であることを示すものと考えられる。発表では最後にゆれの起源について私見を示し,法令の改正履歴の追跡を始めとするいくつかの問題点を指摘した。

「『方言コスプレ』は『東京的』な現象か?」田中ゆかり (日本大学 教授)

非生育地方言である「ニセ方言」を用いて,その方言に付与されているステレオタイプを臨時キャラクターとして発動する「方言コスプレ」。この現象は,「打ちことば」「話しことば」を問わず,主としてくだけたやりとりに出現する。そこで用いられる「ニセ方言」は,明瞭なかたちでは方言をもたない (と意識している) 話者にとっての親密コードという側面があるため,きわめて「東京的」あるいは「首都圏的」な現象と思われがちである。
しかし,発表者の行なった調査データによれば,少なくとも若年層においてはそうとはいえない。方言主流社会における「方言コスプレ」受容の様相を2009年8月に実施した日本大学文理学部国文学科共同調査による山形県三川町調査データを用いて示すと同時に,さまざまな地域で生育した若年層がこの現象をどのように捉えているのか,簡単なアンケートによる回答を用いて例示した。そこから,次のような点を指摘した。(1)現在の首都圏若年層の動向が方言主流社会の若年層の動向の未来予想図となる場合がある,(2)方言主流社会においても地元生育者たちが生育地方言をどのように認識しているのかによってこの現象の受容態度が異なる。