「多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明」研究発表会 「概要」
- プロジェクト名
- 多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明 (略称 : 現代日本語の動態)
- リーダー名
- 相澤 正夫 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授)
- 開催期日
- 平成22年3月18日 (木) 14:00~18:00
- 開催場所
- 国立国語研究所 2階 多目的室
発表概要
「『現代日本語の動態』プロジェクトの概要と進捗状況」相澤 正夫 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授)
第1回の共同研究発表会を開催するにあたり,本プロジェクト全体の趣旨説明,共同研究メンバーと各自のテーマの紹介,及びこの半年間の進捗状況,特に2010年2月に実施した世論調査型の「外来語オムニバス調査」の概略とその有効な活用法について報告を行った。
趣旨説明では,変異から変化への動態を的確にとらえるため,各種コーパス等の新規データを最大限に活用するとともに,対象に適合した新たな調査・分析手法の開発をはかることを,メンバー間の共通了解事項として確認した。
進捗状況報告では,現代日本語の動態の解明に多角的なアプローチが有効な事例として,外来語の定着過程をとらえる新たな研究の可能性を取り上げた。具体的には外来語「モチベーション」を例に,その近年における急速な普及・定着のメカニズムが,大規模言語コーパスを活用した語彙論的研究と全国規模の意識調査を活用した社会言語学的研究との組み合わせにより,総合的かつ的確に解明できることを示した。
「新聞における抽象的な外来語の増加傾向とその要因」金 愛蘭 (国立国語研究所 時空間変異研究系 プロジェクト非常勤研究員)
本発表では,20世紀後半の新聞における抽象的な外来語の基本語化の傾向について,通時的新聞コーパスに基づき検討した。その結果,20世紀後半の新聞では,抽象的な意味を表わす外来語の増加現象が広範に (具体的な意味を表わす外来語以上に) 生じ,それらの多くが基本語化している可能性があることがわかった。これは,外来語に対する「多くが語彙の周辺部に位置し,中心部 (基本語彙) にあるものも一部の具体名詞に限られる」という従来の一般的な見方とは異なるものである。
その要因については,レジスターや年代の違いのほか,個別の外来語・類義語の意味・用法についての詳細な検討が必要だが,新聞が抽象的 (一般的) な外来語を必要とする背景には,それらが新聞の文章構成において「テクスト構成機能」と呼ばれる諸機能を果たしている可能性なども考えられる。新聞における基本語彙ならびにその外来語の位置づけについては,語彙論 (語種論) 的な検討だけではなく,文章論的な検討が加えられる必要がある。
「日本語研究の成果と『日本語本』等の記述 ―『"全然"+肯定』の場合―」新野 直哉 (国立国語研究所 時空間変異研究系 助教)
「"全然"は本来「全然ない」のように否定を伴うべき副詞である」という指摘は1950年代から繰り返し行われているが,それは「迷信」であり,明治から昭和戦前にかけては否定とも肯定とも呼応して用いられていた。この事実は,多くの日本語研究の成果により,1990年代末の時点では,研究者にとっては常識となっていたといえる。
しかし,それ以降の「日本語本」等 ( <一般層向けの,日本語に関する本および新聞・雑誌記事> の総称) における記述を見ると,日本語研究の成果を反映して「迷信」から脱しているものもある一方,成果に全くふれないもの,一応はふれながらも「迷信」に固執して受け入れようとしないものも少なくない。
「日本語本」等に日本語研究の成果をいかに反映させ,根強く広がっている「迷信」を取り除いていくか,これは日本語研究者の直面する重要かつ困難な課題といえよう。
「外来語音は現在どのくらい普及しているか? ―全国多人数録音調査から見る現状と今後―」尾崎 喜光 (国立国語研究所 時空間変異研究系 准教授)
2009年3月に全国の成人男女約800人を対象に,言語使用に関する調査を実施した。その調査では,この種の調査としては初めて,回答者の音声も録音した。その音声項目の中から,「ティ」「ディ」「スィ」「フィ」「フォ」等の外来語音の普及の現状と,年齢差から予想される今後の状況について検討した。
「PTA」のティー,「ディズニーランド」のディの使用者率は約8割,「CD」のディーは約9割であり,これらの外来語音はかなり定着していることが分った。若年層になるほど数値が一貫して上昇する様子から,将来は完全に定着することが予想される。地域別に見ると近畿地方以西でこれらの外来語音の使用者率が極めて高く,西高東低の地域差が確認された (その原因は現在のところ不明) 。また,「フィリピン」のフィの使用者率は約7割,「フォーク」のフォの使用者率は約6割であった。これらにも同様の年齢差の傾向が認められたが,明確な地域差は認められなかった。一方,「ビタミンC」や「CD」のスィーの使用者率は数%にとどまり,現在のところほとんど定着していない。明確な年齢差・地域差も認められなかった。