「仮名写本による文字・表記の史的研究」公開研究発表会 概要

プロジェクト名
仮名写本による文字・表記の史的研究 (略称 : 仮名文字・表記史)
リーダー名
斎藤 達哉 (国立国語研究所 時空間変異研究系 助教)
開催期日
平成22年3月2日 (火) 13:00~15:00
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)

発表概要

アメリカ議会図書館での調査について斎藤 達哉 (国立国語研究所)

アメリカ議会図書館 (Library of Congress, Washington DC) において,2010年1月25日~27日に源氏物語写本の調査を行った。この調査について,(1) 調査組織についての概要と,(2)当該資料を文字使用の面からの諸伝本と比較した結果について報告した。

  1. この調査は,所外組織 (国文学研究資料館,國學院大學) と連携して調査チームを編成して行ったものである。現地では,同館アジア部の配慮のもと,全巻の書誌を記録するとともに,デジタルカメラによる撮影を行うことができた。また,同館司書との研究会 (調査報告会) も行った。
  2. アメリカ議会図書館本「花散里」巻の仮名字種数及び漢字含有率について,これまで調査した64本と比較すると,保坂本,大和文華館鈴鹿文庫本 (2-3022),穂久邇文庫本,書陵部青表紙本といった,鎌倉期あるいは室町期の書写とされるものに近く,文字使用の面では,比較的古態を残している可能性がある。さらに,同音連続部の表記 (踊り字を用いるか,仮名を連続させるか) から見ると,大和文華館本等との類似が見出せる。

海を渡った『源氏物語』たち伊藤 鉄也 (国文学研究資料館)

これまで各種の源氏物語写本を調査してきた立場から,次の2点についての発表を行った。

  1. アメリカに渡っている源氏物語の注目すべき写本 (例えばハーバド大学蔵など) について画像を用いながら紹介
  2. 今回調査を行ったアメリカ議会図書館本の特徴について暫定報告

アメリカ議会図書館本については,以下のことが報告された。

書誌概要
全54冊,〔装丁〕列帖装,〔題箋〕柿渋色,〔寸法〕約25センチ×17センチ,〔用紙〕鳥の子,〔表紙〕濃青色 (後補による改装か) ,〔題簽〕極め 五辻諸仲 (1478-1540) 筆,外題 三條西実隆 古筆了仲極め札 (正徳元年五月下旬)

特徴
(1) 和歌は4字下げ2行書であること,(2) 書写行数が一定しないこと,(3) 遊紙がない巻が多いこと,(4) 表紙左端に線の跡があること,(5) 見返し右端に糊跡があること,(6) 傍記が伊藤分類試案 (→『源氏物語本文の研究』 (2002) 等参照) の〈乙類〉に相当すること,(7) 本書の書写者には文節意識があること (例えば,「初音」巻では,文節または単語の切れのいい語句のところで頁を改める) ,(8) 丁裏に文字の転写が見られること,などが認められた。

異体仮名併用の表記史的解釈矢田 勉 (神戸大学)

異体仮名の併用について表記史的解釈を提示するとともに,今後望まれる研究成果についても提言を行った。

  1. 異体仮名の使い分けは,表記上の弁別機能としては弱い。使い分けは異体仮名併用を前提として,後付けの利用として生じた周辺的事象である。極初期~初期の仮名字体体系には,万葉仮名同様に基幹となる仮名字体がある。途中,字体の増加と再選択・収斂を経て,院政~鎌倉時代には複数基本仮名字体が体系化され,基本字体が明確になった。
  2. 文学写本は仮名字体史研究の中心的資料だが,底本のあり方によっては新しい写本に古態が残るという問題点もある。本プロジェクトによる,望まれる方法論上の研究成果として,次のことが挙げられる。
    (1) 複層的である仮名史の一層 (同一のジャンル・媒体で持続した層) について,長期的な通時的変化のあり方の解明と観察。
    (2) 他層の仮名体系との共通点・相違点,影響関係の有無等についての解明。
    (3) 底本の影響の勘案法を含めた,文学資料の表記史的研究の方法論の確立。