「仮名写本による文字・表記の史的研究」公開研究発表会 概要

プロジェクト名
仮名写本による文字・表記の史的研究 (略称 : 仮名文字・表記史)
リーダー名
斎藤 達哉 (国立国語研究所 時空間変異研究系 助教)
開催期日
平成22年1月9日 (土) 12:00~18:00
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)

発表概要

プロジェクトの意義と進捗状況について斎藤 達哉 (国立国語研究所)

日本語の歴史の中で,仮名表記は長期にわたって行われてきたが,この間には,何らかの時間的変異が予測される。そこで,長期にわたって書写が繰り返され,かつ伝本数が多い『源氏物語』を研究材料として研究を進める。
本プロジェクトは,(1) 仮名の字母まで遡った本文データを構築すること,(2) 日本語学,日本文学,書学・書道史の融合研究を行うことの2点によって,新たな視点からの研究成果を発掘できるという点に意義がある。
本文データは,現在のところ,大島本,明融本,日大三條西家本,書陵部三條西家本,御物本,大正大本,国文研正徹本,穂久邇文庫本,伏見天皇本,陽明文庫本,保坂本,尾州家河内本,高松宮家河内本,九大古活字本,絵入源氏,湖月抄,首書源氏等 (版本を含む) について,「桐壺」の入力作業を行っているところである。

花散里諸伝本における仮名の使用状況斎藤 達哉 (国立国語研究所)

表記 (文字使用) の面から,源氏諸伝本を比較・分類する視点について研究発表を行った。
「花散里」の62本の伝本について,以下の視点からふるいにかけることを試みた。

  1. その伝本に何種類の仮名が用いられているか (仮名の字種数)
  2. 江戸時代の版本での使用されない仮名を何種類用いているか
  3. その伝本に何パーセントの漢字が用いられているか (漢字含有率)

その結果,熊本大北岡文庫本 (52-赤‐203) と京大中院文庫本 (中院V-20),保坂本と大和文華館鈴鹿文庫本 (2-3022),青森図書館工藤文庫本 (工913-G) と蓬左文庫本 (164-1),今治市河野美術館本 (001-198) と絵入源氏に,文字使用上の類似が見出せる。

異体仮名併用の表記史的解釈矢田 勉 (神戸大学)

異体仮名の併用について表記史的解釈を提示するとともに,今後望まれる研究成果についても提言を行った。
1. 異体仮名の使い分けは,表記上の弁別機能としては弱い。使い分けは異体仮名併用を前提として,後付けの利用として生じた周辺的事象である。極初期~初期の仮名字体体系には,万葉仮名同様に基幹となる仮名字体がある。途中,字体の増加と再選択・収斂を経て,院政~鎌倉時代には複数基本仮名字体が体系化され,基本字体が明確になった。
2. 文学写本は仮名字体史研究の中心的資料だが,底本のあり方によっては新しい写本に古態が残るという問題点もある。本プロジェクトによる,望まれる方法論上の研究成果として,次のことが挙げられる。

  1. 複層的である仮名史の一層 (同一のジャンル・媒体で持続した層) について,長期的な通時的変化のあり方の解明と観察。
  2. 他層の仮名体系との共通点・相違点,影響関係の有無等についての解明。
  3. 底本の影響の勘案法を含めた,文学資料の表記史的研究の方法論の確立。