「接触方言学による「言語変容類型論」の構築」研究発表会「概要」

プロジェクト名
接触方言学による「言語変容類型論」の構築 (略称 : 接触方言)
リーダー名
朝日 祥之 (国立国語研究所 時空間変異研究系 准教授)
開催期日
平成22年1月5日 (火) 14:00~18:00
開催場所
国立国語研究所 1階 中会議室1

発表概要

「共同研究プロジェクトの概要」朝日 祥之 (国立国語研究所 時空間変異研究系 准教授)

本発表では,プロジェクトのキーワードとなる「接触方言学」「言語変容類型論」に関する発表者の構想を述べた。コミュニティの都市化・流動化に伴って,これまでの方言学,都市方言学のアプローチでは捉えきれない状況が生まれてきた。このコミュニティで生じている方言接触によって,単なる「共通語化」だけでは説明できないような現象が観察されると考えられる。同時に移住によって形成されたコミュニティにおいても同様です。そこで,そのコミュニティにおける言語変異を見つめるアプローチとして「接触方言学」を提唱し,コミュニティの類型と接触による言語変容の関係について,現地調査で収集されるデータをもとに考察を加えることを述べた。

「接触方言について ―小笠原や琉球の現象を例に―」ダニエル・ロング (首都大学東京 准教授)

本発表ではまず,接触によって発生した方言を「接触方言」(contact dialect) と呼び,従来の方言に「枝分かれ方言」(branching dialect) という retronym を与えた。この「接触」は他言語との接触の場合 (例 : ハワイ語 + 英語→ハワイ方言の英語) もあるし,同一言語内の方言接触の場合 (例 : 鹿児島方言 + 東京方言→唐芋普通語) もある。次に,接触方言としての「小笠原日本語」の実態を検証した。八丈方言の要素として,(a) 機能的形態素 (ダジャ,ガラニ,など) ,(b) 語彙的形態素 (ノンバケル,など),(c) 音韻論的特徴 (標準日本語 [u] →八丈[o]のクチビロなど) が挙げられる。英語の影響が見られる要素として,(a) 「シャワーを取る,薬を取る」のトル,(b) 「またみるよ」のミルが挙げられる。日本語でも英語でもない新たな (中間的な) 要素として,[ba:s] (お風呂) の発音が挙げられる。最後に,ウチナーヤマトゥグチの言語接触論上の分類を検討した結果,従来のピジン・クレオールのみのパラダイムは,実際に見られる言語接触のバリエーションを捉えるには不十分であるとして,新しいパラダイムを提唱した。

「社会言語学的類型からみた地方都市の言語変化」太田 一郎 (鹿児島大学 教授)

この数十年のあいだに,日本各地の地域方言は大きく変容した。しかしながら,その変容のあり方は「共通語化」だけで説明できるものではなく,地域社会の特性に応じてある種のパターンが見られるのではないかと考えられる。本発表では鹿児島方言を例にとして,社会状況の変化と言語変容の過程の関連性を指摘し,言語変容の類型化の可能性について,社会言語学的観点から検証する試案を示した。具体的には,社会ネットワークや言語アコモデーションなど,これまでの言語変異研究の理論を応用して,言語変容の方向性を決定するのに影響力をもつと考えられる社会的要因 (移動性,話者意識,マスメディアの状況など) と言語的要因 (接触する方言間の体系の類似/相違など) の両面から各地の方言の変容状況を分析し,植民地・ニュータウン型,大都市型 (福岡市方言),地方中核都市型 (鹿児島市方言) などいくつかの類型化の可能性について述べた。

「福岡における若年層の方言使用について」二階堂 整 (福岡女学院大学 教授)

福岡に限らず,九州では若年層が互いに自分の出身地の方言を使用することがよくある。若年層のメールと談話資料を手がかりに,研究の可能性をさぐる。福岡の大学生同士のメール・談話資料を観察すると,それぞれが自分の母方言でやり取りをする現象がみられる。例えば,アスペクト表現で,筑前方言話者は「トル」,筑豊方言話者は「チョル」使用などである。これは最近,よくみられる現象で,話者同士はそれを自然にやり取りしている。方言のアクセサリー化・オモチャ化は,こうした現象を観察すると,少なくとも福岡では考えにくい。若者にとっては,母方言は互いにプラス評価されるものであり,しっかりと方言が体系として存在していると感じざるをえない。

「札幌方言の共通語化 四半世紀後の様相~札幌山鼻地区の実時間調査による検証~」高野 照司 (北星学園大学 教授)

当該調査が発展途上段階にあるため,調査の背景・調査計画・期待される成果およびその意義について論じた。
本研究は,言語変化への実時間的アプローチと言語変化の進むコミュニティーに身を置く個々の話者の個人語の追跡研究の有用性を生かしながら,体系的研究が途絶えてから四半世紀を経た今日の札幌方言の変容の様相とこれまでの変化の道程を明らかにすることを目的とする。本研究はパネル調査とトレンド調査から構成され,トレンド調査では,約20年前に行われた札幌方言の「見かけの時間」研究 (小野1993など) の変化予測を検証するために,山鼻地区で同一内容の再調査を行う。パネル調査では,小野 (1993) に参加した被験者と再度接触を試み,20年を経た今日における個人語の変容の様相,並びにトレンド調査から明らかになると思われる札幌方言の総体的変化への各被験者の参与形態を明らかにする。様々な生活場面における言語資料の収集と各被験者の社会網,人生経験,他方言との接触,方言・標準語意識などについての質的調査を融合し,言語変容における個人差やスタイル差から変容の「社会的意味」の探求に調査の力点を置く。

「名古屋近郊および西三河における空間参照枠の地理的・歴史的変異」片岡 邦好 (愛知大学 教授)

本発表では,名古屋近郊の商業看板と「道教え」談話における空間描写に着目し,(1) そこで用いられた3種類の空間参照枠 (絶対,相対,内在参照枠) には地理的,物理的,認知的要因との相関が見られること,そして (2) 西三河方言話者の空間描写における参照枠使用の経年変化から,歴史的要因も参照枠の変異に関わることを指摘した。(1) については,Varbrul分析の結果より,目的地が近距離で経路が複雑でない場合は内在参照枠が,やや距離が離れて経路が複雑になってくると相対参照枠が,そして遠距離かつ経路がより複雑になるにつれて絶対指示枠が好まれるという一般的傾向を確認した。また (2) については,岡崎調査における「道教え」データの分析より,実時間における空間参照枠の嗜好性/指向性が絶対参照枠から内在・相対参照枠へと推移していることが読み取れ,潜在的な言語変容の進行を確認した。