「日本語レキシコンの音韻特性」研究発表会発表内容「概要」

プロジェクト名
日本語レキシコンの音韻特性 (略称 : 語彙の音韻特性)
リーダー名
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系 客員教授)
開催期日
平成21年12月9日 (日) 11:00~16:30
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)

発表概要

「鹿児島方言の複合法則について」窪薗 晴夫 (神戸大学 / 国立国語研究所)

本発表では「銅子」「箸男」「飴也」のような新造複合語 (人名) を題材として,鹿児島方言話者がどの程度,複合法則を保持しているか考察した。調査の結果,中高年層ではほぼ法則が忠実に守られている一方,若年層 (20歳前後) の話者では約30%の割合で法則が破られていることがわかった。誤答例を詳細に分析した結果,「...子」と「...也」は B型から A型へ,「...男」は逆に A型から B型へ変化しているという顕著な傾向が観察された。東京方言では「子」と「也」は起伏式アクセントを作る人名形態素,「男」は平板式を作る形態素であることから,先行研究 (窪薗 2006a / b) の報告通り,鹿児島方言のアクセント変化は「平板式・A型」と「起伏式・B型」のタイプに偏っていることがわかる。よって,鹿児島方言のアクセント変化が東京方言の干渉によって起こっていることが確認できる。
「青信号」「社会党」のような既存の複合語だけでなく,「銅子」や「箸男」「飴也」のような新造複合語においても複合法則が機能しなくなってきているということは,鹿児島方言を特徴づけていた複合語音韻規則が若年層において確実に失われてきているということを意味している。その一方で,音節を基本にアクセントを決めるという特徴 (シラビーム性) は依然として守られている。この点においても先行研究の主張が確認できた。

「上海語・チベット語ラサ方言・フランス語の音節長の短縮に伴う諸音韻変化 ―円唇前舌母音・鼻母音・語声調など―」遠藤 光暁 (青山学院大学)

上海語・チベット語ラサ方言・フランス語には円唇前舌母音や鼻母音があり,また上海語とチベット語ラサ方言では語声調がある。こうした共通の発音傾向は底流として音節長が短くなるという原因を背後に持っていて,それまで継起的であった子音ないし母音の連続が1音に短縮され,その代償として同時調音化するという分節音の変化や,音節声調の語声調化といった諸音韻変化が生じたものと考える。
上海語はこの100年ほどの間に人口が爆発的に増加し,きわめて速いスピードで言語変化を経ていることが文献資料や現代の世代差から確認できる。現代の鼻母音が母音+鼻子音という連続に由来したり,現在の語声調が数十年前には第二音節以下の声調もより多くの対立を持っていたことがわかる。
チベット語ラサ方言でも上記の音韻変化に加えて,過去の閉鎖子音 +r というクラスターが現代では1音のそり舌子音になっているという変化もあり,やはり同様の発音傾向によるものと考えられる。
フランス語でもラテン語と比較すると母音の長短を失い,音節長がかなり短縮する発音傾向があり,一音節の長さが日本語の一モーラ程度に近くなっており,その代償的として上海語やチベット語ラサ方言と似た音韻変化が長い時間を経ながら生じた如くである。

「ウガンダ西部のバンツー系諸語の声調の比較研究,特にトーロ語の声調消失について」梶 茂樹 (京都大学)

ウガンダ西部からタンザニア北西部にかけては Haya語,Ankole語,Tooro語,Nyoro語など系統的に近いバンツー系諸語が話されている。その中でも Tooro語は (語彙的) 声調をなくしており,とりわけ興味深い。本発表は,これらの諸言語における声調変化の方向性を比較研究により探り,最終的には Tooro語の声調消失を説明しようとするものである。
Haya語そして Ankole語は,日本語東京方言のような体系をしており,名詞類のパターン数は n+1 と増えていく (n は語幹の音節数)。Ankole語は Haya語と似てはいるが,一部基底の区別が表面では区別されなくなっているという特徴を持つ。Nyoro語は日本語の二型アクセント体系のようであり,そして Tooro語は一型タイプである。Nyoro語は Haya語的タイプから... LH パターン以外がすべて… HL になることによって生じている。そして Tooro語は Nyoro語の... LH パターンが… HL となることによって一型となっているのである。発表では,以上のような変化の音声的基盤についても議論が交わされた。