「文字環境のモデル化と社会言語科学への応用」研究発表会 「概要」

プロジェクト名
文字環境のモデル化と社会言語科学への応用 (略称 : 文字と社会言語学)
リーダー名
横山詔一 (国立国語研究所 理論・構造研究系 教授)
開催期日
平成21年11月27日 (金) 15:00~18:00
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室

発表概要

「文字環境論と共通語化研究」横山 詔一 (国立国語研究所 理論・構造研究系 教授)

日本語の文字表記について文字環境 (文字レキシコンを含む) の観点から解明するためのモデルを説明した後,その文字環境モデルが音声コミュニケーションに関する研究にも応用できる可能性を示した。具体的には,山形県鶴岡市で1950年から約20年間隔で3回行われた共通語化の縦断調査や,愛知県岡崎市で1951年から実施されてきた敬語の経年調査などの数値予測を試みた。とりわけ,山形県鶴岡市の共通語化研究については,研究情報資料センターのプロジェクトと連動しながらデータ整理を進め,言語変化理論の検証に必要な統計解析を可能にするための基盤を整備していることを報告した。

「経年調査にみる言語変化と成人後採用」井上 史雄 (明海大学 教授)

成人後も言語習得が続く現象 (成人後採用: late adoption) を,経年調査による実時間 (real time) 変化データによって実証した。具体的には文化庁の国語に関する世論調査データを用いて,美化語「お」の使用率が増加していることに着目して美化語「お」の使用率を性別・同一年代出生集団 (コーホート cohort) のクロス集計で分析することにより, (1) 言語習得が一生続くこと (言語的拡大による成人後採用と年齢階梯age grading),(2) 経年調査において若い世代が登場すること (非言語・社会的格大) の影響であること,などを明らかにした。
より長いタイムスパンの研究を実施することで,成人後採用のほか言語変化の所要年数といった事象についても新たな知見を得られる可能性があり,社会言語学の変異理論に高い貢献をもたらすものと期待される。

「指定討論その1」佐藤 亮一 (国立国語研究所 名誉所員)

山形県鶴岡調査,山形県三川町調査の結果により,第四次鶴岡調査にむけて考慮すべきこと (特に調査項目の選別や調査方法) について以下のようなコメントを述べた。① いわゆる「なぞなぞ式」の質問の仕方では,音声項目において,共通語的な回答が出やすい。② これは,「共通語使用能力」の表れである。しかし,「共通語使用の実態」 (=使い分け) を調べるべきである。③ この点について,第二次鶴岡調査の報告書 (134頁) には,以下の記述がある。音声・アクセントと文法・語彙とでは調査の観点が異なっている。すなわち,前者では被調査者の共通語使用能力に重点が置かれているのに対し,文法・語彙では使用の実態に力点がおかれている。このような調査方針があったのであろうか。④ 共通語化が完了したと考えられる調査項目はカットしてもよいのではないか。音声項目にその傾向がある。むしろ,推量ロー,受身の助詞の~カラ,終助詞など,文法項目を増やすべきではないか。⑤ アクセントについては,付属語を付けて聞いた方が良いのではないか。

「指定討論その2」佐藤 和之 (弘前大学 教授)

第四次鶴岡調査にむけて考慮すべき点について以下のようなコメントを述べた。① 何を目的に調査するかを明確にすべきである。地域社会が多層化していることを考慮して,問題点を明確にし,答えを出すべきである。② 共通語を使用する人に対する prestige や付加価値についても調べるべきである。③ NHKの放送基準に照らして,共通語化は「完了した」と言える。しかし,東京と鶴岡のことばは一緒にはなっていない。たとえば,成人後採用では,医療場面における医師の方言習得など,重要な課題である。