「日本語変種とクレオールの形成過程」研究発表会 「概要」

プロジェクト名
日本語変種とクレオールの形成過程 (略称 : 海外の日本語変種)
リーダー名
真田 信治 (国立国語研究所 時空間変異研究系 客員教授)
開催期日
平成21年11月6日 (金) 14:00~17:00
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室

発表概要

「共同研究プロジェクトの概要」真田 信治 (国立国語研究所 時空間変異研究系 客員教授)

アジア・太平洋の各地には,戦前・戦中に日本語を習得し,現在もその日本語の能力を維持する人々が数多く存在している。特に台湾やミクロネシアなどでは,母語を異にする人々の間でのリンガフランカとして用いられ続けている。また,台湾宜蘭県の山間部には日本語をベースとしたクレオールが形成されている。
本共同研究では,これらの地域 (具体的には,台湾・ミクロネシア・マリアナ諸島・サハリン・クリル列島など) を対象としたフィールドワークによって,各地の日本語変種,およびクレオールの記述・記録を行い,接触言語の形成過程,ならびにそこに介在する社会的要因を分析する。
なお,台湾における日本語をベースとする宜蘭クレオール (Yilan Creole) は,各世代を通して使用されているが,それを除けば,各地域の日本語話者は現在そのほとんどが75歳以上の高齢に達しており,その日本語運用のデータの蓄積と記述は,まさに急務である。

「樺太方言と千島方言の形成に関する一考察」朝日 祥之 (国立国語研究所 時空間変異研究系 准教授)

本発表では,サハリンとクリル列島で使われてきた日本語の形成過程について,発表者がこれまで行ってきた文献調査・面接調査で収集した情報を手掛かりに考察を試みた。サハリンでは,1905年から1945年の間に日本各地からの移住者が生活し,北海道・東北地方の方言を基盤とした樺太方言が形成された。1938年に樺太で行われた平山輝男氏が行った調査に参加した樺太方言話者に対する追跡調査を,アクセント項目を中心として,2008年7月に実施した調査のデータを用い,樺太方言に見られる言語変容の過程を示した。この話者に大きな変化は見られなかったが,サハリンに居住する樺太方言話者の間では,個人差が大きいことも示した。それらを踏まえて,樺太方言における今後の調査計画を提示した。また,クリル列島については,2008年8月に北海道根室市での情報収集,現地へのアクセスの方法,今後の調査計画を述べた。

「台湾における宜蘭クレオール ―その現状と特徴―」簡 月真 (東京大学 外国人特別研究員)

本発表では,アタヤル語と日本語との接触によって生まれた宜蘭クレオールを対象に,その社会言語学的状況及び言語学的特徴について述べた。
まず,宜蘭クレオールの使用地域を紹介し,移住などの歴史背景からクレオール形成の要因を考えた。アタヤル人とセデック人の混住が宜蘭クレオールの発生に大きく関与していることが指摘できる。次に,宜蘭クレオールの使用の現状について考察を行い,その一変種である「寒渓アタヤル語」が直面した問題を取り上げた。
そして,否定辞の使用に焦点をあてて宜蘭クレオールの特徴の一端を明らかにした。名詞文では「cigao / cigo / sigo」(~ちがう) という西日本方言的な語彙的否定形式が用いられ,形容詞では「samuisinai」のように形容詞本体は不変化語になり sinai をつけて打ち消しを表している。動詞については,-nai が状態性,-n が意志性を表すという相補分布が観察された。名詞と形容詞と動詞はともに過去テンスを時間副詞で表している。

「「南洋方言」は存在するか? ―小笠原諸島の日本語とマリアナ諸島の日本語を比較して―」ダニエル・ロング (首都大学東京 准教授)

本発表では,小笠原諸島とマリアナ諸島との言語的共通性を概説し,「言語交流」の類型を試みた。日本本土では使われなくなった単語が小笠原諸島にもマリアナ諸島にも残存している。カンザシ (簪),サルマタ,乳バンドなどは対象物そのものの変化とともに外来語にすり替えられた。ゴフジョ (御不浄),イジン (異人),ナイチ (内地),ハラメ (孕女) などは社会意識の変化とともに語感が悪化し,新語に置き換えられた。一方では,太平洋諸島起源の単語も見られる。ハワイ語のタマナ (テリハボク),カナカ (太平洋の諸島民),チャモロ語のカンコン (水朝顔),クィリー (魚のイスズミ),シーカンバ (葛芋),タガンタガン (銀合歓) などは,小笠原に一旦入ってから,本土の日本語あるいは旧南洋群島全域に広がったと考えられる。
なお,小笠原諸島と同様,旧南洋群島にも八丈島民が大量に入植したが,後者への言語的影響は「オジャレ」(いらっしゃい) のような標語ぐらいにしか認められない。