日本語文法研究のフロンティア ―母語話者の日本語と学習者の日本語の対照研究を中心に―

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
文法研究班 「とりたて表現」
野田 尚史 (日本大学 教授)
共催
日本語学習者のコミュニケーションの多角的解明
石黒 圭 (国立国語研究所 日本語教育研究領域 教授)
開催期日
2022年2月26日 (土) 13:00~18:30 (予定)
開催場所
Web開催 (Zoom を使用)
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参加費
無料

プログラム

13:00~13:10開会の挨拶,趣旨説明
野田 尚史 (日本大学)

13:10~13:50「願望疑問文と意志疑問文の日中対照」 井上 優 (日本大学)

「どうするかを決める」ために目上の人物の意向を尋ねる場合,日本語では意志疑問文 (例 : 何をお飲みになりますか) を用い,願望疑問文 (例 : 何をお飲みになりたいですか) の使用は失礼である。これは,意志疑問文の使用が「どうするかの決定」を聞き手に委ねることを意味するのに対し,願望疑問文の使用が「どうするかの決定」を聞き手に委ねない (聞き手の希望を聞いて話し手が決める) ことを意味するためである。同じ場面で,中国語では意志疑問文 (例 : 您喝什么?) も願望疑問文 (例 : 您想喝什么?) も使える。これは,中国語では,願望疑問文の使用が「聞き手の希望を聞いて話し手が決める」ことを必ずしも意味しないためである。日本語と中国語のこのような相違は,希望・願望を述べさせる (意志を述べさせない) ことの意味合いが異なることから生ずる。

13:55~14:35「中国語や韓国語を母語とする日本語学習者の使用実態からみる日本語の「焦点」「強調」「例示」 ─「日本には小京都がいくつかあるが,金沢{は・が}その一つである」などを例に─」 中西 久実子 (京都外国語大学),張 浩然 (大連外国語大学)

本発表では,中国語を母語とする上級学習者が「は」「が」をどう使用しているかという使用実態と使用意識のデータを,韓国語を母語とする上級学習者のデータと比較し,日本語の焦点や例示の誤用の原因を明らかにする。分析に使用するのは筆記調査のデータとフォローアップインタビューのデータである。

中西・張 (2021) では,長文で構造が複雑な文章において「は」「が」の誤用が多いことが指摘されているが,本発表では,長文で構造が複雑な場合のうち,具体的に,従属節の中や,対比を表す場合などに誤用が多いことを示す。本発表で特に取り上げて注目するのは,「〇〇はその一つである」のような例示の用法に「が」を用いた誤用が多いことである。このタイプの誤用には中国語で排他や強調を表す“就”が関わっていると予測される。本発表では,この予測に対する学習者の使用意識のインタビューのデータを分析して示す。

14:40~15:20「韓国語を母語とする日本語学習者の理解過程からみる母語話者の日本語文法」 任 ジェヒ (立教大学)

本発表では,韓国語を母語とする日本語学習者の理解 (聞く,読む) 過程に注目し,コミュニケーションという広い観点から学習者と母語話者における日本語文法の対照を試みる。近年,学習者の日本語を分析する際には,産出結果と理解過程への総合的アプローチが重要であるという指摘があるが,理解過程についてはその可視化の難しさにより,まだ十分な研究が行われていないという課題が残されている。この課題を受け,本発表では「BTSJ日本語自然会話コーパス」を活用した聴解調査や「日本語非母語話者の読解コーパス」の結果から,主に留学生が雑談を聞いたり,文章を読んだりするとき,どのように意味を理解し,取り違えるのかを人称表現や文末表現などの種々の事例から検討する。その上で,学習者の理解過程における誤りとその背景から見えてくる母語話者の日本語文法について考察を行う。

15:20~15:40休憩

15:40~16:20「タイ語を母語とする日本語学習者と日本語母語話者の比較を表す表現の対照」 近藤 めぐみ (日本大学大学院生)

「のほうが」や「より」を使った比較を表す文について,タイ語を母語とする日本語学習者の日本語と日本語母語話者の日本語の,比較対象の差異を明らかにする。学習者には,たとえば,(A) 比較対象を明示しない「のほうが」 (どんな小説を読みますか?…ファンタジーのほうが多いです) や,(B) 前述の内容よりも重要な内容を導く「より」 (クレット島には祭りの他に食べ物もたくさんあります。それより景色がきれいです) の使用があり,これらはタイ語の影響を受けたものだと考えられる。(A) のように比較を表す表現を使う際,タイ語にも日本語と同じく比較対象が存在するが,日本語では明示・暗示を問わず比較対象が特定されるのに対し,タイ語では比較対象が特定されない場合がある。 (B) の「それより」は日本語の「それにもまして」や「むしろ」に対応するが,タイ語では前述の内容を比較対象に,それを上回る重要な論点を比較の表現を用いて提示することが可能である。

16:25~17:05「日本語母語話者と日本語学習者のフィラーの違い ─海外で学ぶ日本語学習者のフィラーの習得に着目して─」 村田 裕美子 (ミュンヘン大学)

日本語学習者が使う「えっと」のようなフィラーは,これまで習熟度の差や母語の影響などが明らかにされている。そうした研究をふまえ,本発表では学習環境の影響に着目し,日本語母語話者が使用するフィラーと,日本語が使用されていない海外で日本語を学ぶ学習者のフィラーの特徴を比較する。調査の結果,日本語母語話者が「なるほど」「その」のようなフィラーを用いるのに対して,海外の学習者は中級レベル以上の学習者であっても「あんー」「えんー」のような日本語で使われないフィラーを多く用いていることが分かった。ただし,同じ中級レベルの学習者でも,日本語が使用されている国内の日本語学習者は,「おー」「そうね」のような日本語で使われるフィラーを用いているため,習熟度よりも環境の違いが影響していると言える。本発表では,特に母語話者のフィラーと海外で学ぶ学習者のフィラーの特徴を明らかにし,要因について考察する。

17:10~17:50「学習者の誤用から見えてくる日本語の「類似」表現」 中島 晶子 (パリ大学)

異なる語句や文型であっても,学習者が同じパターンのものとしてとらえ,それが誤用につながることがある。例えば,「勉強したほうがいい」とするところを,別の慣用表現である「てもいい」のように「テ形」を使って「勉強してほうがいい」のようにしたり,「電話を切る」とするところを,「電気を消す」の類推から「電話を消す」のようにしたり,あとで電話すると言う相手に対し「すぐに電話をしたほうがよくないですか」とするところを,「すぐ電話したほうがいいですか」のように自分が電話をするかのような文にしたりする例が見られる。本発表では,フランス在住の初級学習者が書いた翻訳文や作文のなかから文法に関連した誤用を取り上げ,学習者がどのような類推をしたのか,また,学習者はどのような違いに注意すべきなのか,そして,表面的には見えにくい日本語の「類似」表現にはどのようなものがあるかついて考察する。

17:50~17:55閉会の挨拶
石黒 圭 (国立国語研究所)

18:00~18:30懇親会

発表者を囲む形でブレイクアウトルームに分かれて