「対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法」研究発表会 (2021年11月21日)

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
音声研究班 「語のプロソディーと文のプロソディー」
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
開催期日
2021年11月21日 (日) 9:40~11:40
開催場所
Web開催
事前申し込み
参加は有料で,事前の申し込みが必要です。日本言語学会ホームページをご参照ください。

ワークショップ 「日琉諸語の疑問・不定表現をめぐる韻律的現象 : 類型論的枠組みの提案と通時的考察」

趣旨

本ワークショップでは,日琉諸語の個別方言における疑問・不定表現の韻律的現象を報告しつつ,類型論的枠組みを提案したうえで,通時的な考察を行う。疑問・不定表現とは「誰・何・どこ」等の不定語を含む表現 (「誰」「誰か」「誰も」等) である。これら疑問・不定表現には通方言的に多様な韻律的現象が観察される。これまでに,アクセント対立の中和やアクセントの交替の他,これらの現象が生じる領域に拡張が起こることも報告されている (東京 : Kuroda 2005,博多 : 早田 1985,久保 1989,長崎 : 佐藤 2016)。ただし,これらは個別方言の分析に留まっており,通方言的考察は Sato (2018),佐藤 (2019) で試みられているものの,十分とは言えない。そのため,諸方言の対照を通して韻律的現象のパターンを整理し,類型化を行うとともに,疑問・不定表現における韻律的現象が生じた通時的な変化を考察する。

本ワークショップは国立国語研究所基幹型共同研究プロジェクト「対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法」「日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成」,JSPS 科研費 17K02689 (代表 松浦年男) 18K12395 (代表 佐藤久美子) 19H00530 (代表 窪薗晴夫) の助成を受けている。

プログラム

  • 企画 : 佐藤 久美子
  • 司会 : 青井 隼人
  • コメンテーター : 五十嵐 陽介

趣旨説明
佐藤 久美子 (国立国語研究所)

発表1「日琉諸語の疑問・不定表現における韻律的現象の類型化の提案」 佐藤 久美子 (国立国語研究所)

本発表では,日琉諸語の調査研究に基づき,疑問・不定表現に見られる通方言的な韻律パターンを整理し,それを類型化する枠組みを提案する。疑問・不定表現として,直接疑問文・間接疑問文・存在量化不定文・全称量化不定文・譲歩文を想定し,これらの文に起こる韻律的現象を観察した。その結果として,諸方言に見られる韻律的現象は,(i) 疑問詞のアクセントが対立するか (ii) 疑問詞と不定表現の間でアクセントが交替するか (iii) 交替の及ぶ領域が文節以上に拡張するかという3つの基準によって整理できること,交替には通方言的な強い傾向があることを示す。更に,アクセントの交替とその領域の拡張に関与する環境を述べ,そこに含意関係が見いだせることを指摘する。

発表2「南琉球宮古語の疑問・不定表現におけるアクセントの交替」 セリック・ケナン (国立国語研究所)

本発表では,アクセント型の対立を持つ南琉球宮古語の3つの方言 (多良間仲筋,下地皆愛,下地与那覇) を取り上げ,疑問・不定表現を対象とした調査結果を報告する。調査の結果,多良間と皆愛方言においては不定語 (「誰」「何」など) のアクセント型の交替が観察された。すなわち,多良間と皆愛方言では,直接および間接疑問文でc型として実現する不定語は環境によりa型 (多良間),あるいはab型 (皆愛) として実現する。多良間方言では交替の環境が広く,存在量化不定文,全称量化不定文,譲歩文を含んでいるが,皆愛方言の方では交替の環境がより狭く,全称量化不定文と譲歩文の一部 (対象語+述語の譲歩形) に限られる。これに対して,与那覇方言ではどの環境においても不定語のアクセント型の交替が基本的に見られない。以上の結果を踏まえて,宮古語の疑問・不定表現に観察される現象について類型論的な位置づけを提示する。

発表3「疑問・不定表現における韻律的現象の通時的考察」 中澤 光平 (東京大学)

疑問・不定表現におけるアクセント交替などの諸現象は日琉諸語に広く観察されるため,祖語に遡る可能性がある。しかし,各方言の韻律的現象を詳細に検討すると,共時的には類似していても通時的には対応関係が見られないうえに,富山市方言のように交替しない方言もあることから,並行的に発達した現象と考えられる。諸方言で並行的に変化した動機として,この現象が最も典型的に見られるのが「不定語+モ」であることから,この形式がきっかけとなったものと考える。「不定語+モ」が「すべての~」と全称量化することで意味的に疑問の形式と切り離されることで,「不定語+モ」があたかも一語であるかのように音韻上語彙化し,各方言で他の不定表現や疑問表現へ拡大,あるいは節レベルへ拡張したと推定する。

参考文献
早田輝洋 (1985) 『博多方言のアクセント・形態論』,九州大学出版会,福岡./久保智之 (1989) 「福岡市方言のダレ・ナニ等の疑問詞を含む文のピッチパターン」 『国語学』 第156集,1-12. /Kuroda, Shige-Yuki (2005) “Prosody and the syntax of indeterminates,” Syntax and Beyond, Vol.5 of Working Papers in Linguistics, ed. by Roehrs, Dorian, Kim, Ock-Hwan, & Kitagawa, Yoshihisa, 83-116. Indiana University Linguistics Club, Bloomington, Indiana. /佐藤久美子 (2016) 「長崎市方言における不定語を含む語・文の音調と複合法則」 日本言語学会 153回大会, 12月4日, 福岡大学. /Sato, Kumiko (2018) “Intonational patterns of [WH…C[+wh]] structures: Dialectal variation in Japanese,” Paper presented at 5th International Conference on Phonetics and Phonology, NINJAL. /佐藤久美子 (2019) 「不定語のアクセントと不定語を含む文のイントネーション ―東京・福岡・鹿児島・長崎の対照―」 Prosody & Grammar Festa3, 2月17日, 国立国語研究所.

コメンテーターによる評価

全体討論