「対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法」研究発表会 (2020年11月22日)

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
音声研究班 「語のプロソディーと文のプロソディー」
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
開催期日
2020年11月22日 (日) 14:00~16:00
開催場所
Web開催
事前申し込み
参加には事前の申し込みが必要です。日本言語学会ホームページをご参照ください。

ワークショップ : 危機方言のプロソディー

企画・司会 窪薗 晴夫

[発表1]「天草市本渡方言における呼びかけのイントネーション」 松浦 年男 (北星学園大学)

本発表では天草市本渡方言 (熊本県,以下本渡方言) の呼びかけのイントネーションのパターンが2種類観察されることを示し,そのうち語彙的に「呼格」を指定されているのは1種類であることを主張する。本渡方言は二型アクセント方言で,第2モーラを頂点とした下降を持つA型と,全体が平坦なB型という2つの型を持つ。呼びかけは「相手が見える」とき (タイプ1) と「相手が見えない」とき (タイプ2) の2つのタイプがある。タイプ1では2つのアクセント型は中和される。具体的には,A型の下降がなくなり,また,最終音節が長くなり,そこで下降する。タイプ2ではアクセント型は保ったまま最終モーラを長くして上昇調にする。2つのタイプは「延長の量」が異なり,タイプ1は約1モーラ分に制限されるのに対し,タイプ2はそのような制限がない。このことから,タイプ1は辞書で「呼格」として文法的な指定を持ち,音韻論的には1モーラ分のスロットと HL というメロディを持つのに対し,タイプ2は H というメロディを持つが,パラ言語的情報として処理されるもので,辞書で呼格の指定は持たないと分析する。この分析は2つのタイプの長さの違いや「遠さ」によって異なる (≒呼びかけ時の音量が変わる) ことと整合的である。

[発表2]「喜界島方言における動詞のアクセント単位の拡張と真偽疑問文末のプロソディー」 白田 理人 (志學館大学)

本発表では,喜界島 (鹿児島県大島郡喜界町) で話される方言のうち北部の小野津方言と南部の上嘉鉄方言を対象に,動詞のアクセント単位の拡張と真偽疑問文末のプロソディーへの影響について記述・考察する。小野津方言・上嘉鉄方言ともに,末尾が上昇するアクセント型の動詞の活用語尾が縮約し,アクセント単位が文末助詞まで拡張することがある。小野津方言では,活用語尾が促音化する場合にのみアクセント単位が拡張し,撥音化する場合は拡張しない (e.g. {[nu]mju[i} + ka/na → {[nu]mjuk[ka}/{[nu]mju[ɲ}]ɲa「飲む (かな) ?」,{ }はアクセント単位)。一方,上嘉鉄方言では,促音化の場合に加え,撥音化の場合にも拡張が起こる (e.g. {u[ri} + ka/na → {uk[ka}/{[u]ɲ[ɲa}「いる (かな) ?」)。

小野津方言では,真偽疑問文末は基本的に低くなる (e.g. {na[bï} + na/ka → {na[bï}]ka/{na[bï}]na「鍋 (かな) ?」) ため,アクセント単位の拡張によって文末の音調が低から高に転じることになる。一方,上嘉鉄方言では,真偽疑問文末は一般に高くなり (e.g. {mi[du} + ka/na → {mi[du}ka/{mi[du}na「水 (かな) ?」),アクセント単位の拡張によって,上昇の位置が文末助詞に移動することになる。

[発表3]「南琉球宮古語伊良部佐和田方言のアクセント体系の初期報告」 五十嵐 陽介 (国立国語研究所)

沖縄県伊良部島で用いられる宮古語諸方言の中で弁別的なアクセントを有する方言は,池間諸方言に属する佐良浜方言を除くと,国仲方言のみであるとされてきた。本発表は,伊良部島佐和田地区で用いられる宮古語の1方言である伊良部佐和田方言のアクセント体系に関する初期調査の結果を報告する。その具体的な目的は,1) 先行研究の記述とは異なり,佐和田方言は弁別的なアクセントを保持していること,2) 他の宮古語諸方言と同様に,佐和田方言のアクセント型の区別は広範な環境で中和するので,対立するアクセント型の数を把握するためには,様々な環境におけるアクセント型の実現を文レベルで観察する必要があること,3) 2モーラ名詞では,琉球祖語の3つのアクセント類 (A類B類C類) のうちC類がA類・B類から区別されること,4) 3モーラ名詞では,極めて限られた環境において3種類の類がすべて区別される可能性があることを示すことにある。3モーラ名詞に関する観察が正しければ,本研究は三型アクセント体系を持つ伊良部諸方言を初めて報告するものとなる。