NINJALシンポジウム 「日本語文法研究のフロンティア ―日本の言語・方言の対照研究を中心に―」
新型コロナウィルス感染拡大予防のため中止となりました。
- プロジェクト名・班名・リーダー名
- 対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)- 文法研究班 「とりたて表現」 野田 尚史 (国立国語研究所 日本語教育研究領域 教授)
- 日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成
木部 暢子 (国立国語研究所 言語変異研究領域 教授)
- 対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
- 開催期日
- 2020年2月29日 (土) 10:00~17:00
- 開催場所
- 関西大学 千里山キャンパス 第1学舎 1号館 A301教室 (大阪府吹田市山手町3丁目3番35号)
交通アクセス - 参加費・事前申込み
- 不要
プログラム
10:00~10:05趣旨説明
野田 尚史 (国立国語研究所)
10:05~10:50「長崎市茂木大崎方言における「が」」 原田 走一郎 (長崎大学)
「木の倒れとる」のように,主語に「が」ではなく「の」を用いる場合が九州方言,特に肥筑方言において観察されることはよく知られている。一方で,「が」も同じ方言で用いられるのであるが,こちらのほうは標準語の影響があり,研究に困難が伴う。本発表では,この「が」に注目し,長崎市茂木大崎地区方言における「が」の特徴について,これまでの標準語研究の知見を参照しながら検討したい。特に,排他的な意味をあらわす場合について,「の」との張り合い関係を考慮しながら考察したい。
なお,本研究では,現在国立国語研究所で構築中の『日本語諸方言コーパス』の元データである,文化庁の「各地方言収集緊急調査」の録音資料を用いる。1980年ごろに長崎市茂木大崎地区で収録された,当時70代の男女による談話 (約3時間分) である。
10:55~11:40「東北方言における条件表現の形式 : 近代の方言変化を読み解く」 竹田 晃子 (立命館大学)
東北方言の条件表現には,方言によって,接続助詞バ/タラ/トや,形式名詞相当のコト/トキ/モノなどを含む形式,形容詞の活用語尾などがあり,さまざまな形式およびそれらの組み合わせによる形式が使われてきた。それらのありようは『方言文法全国地図』 (1980年頃調査) や近年の記述調査でも捉えられてはいるが,さらに古い方言調査や論文を精査すると,近代,少なくとも明治以降に大きな変化を遂げていたとみられることがわかる。明治から平成までの約百年間に行われた大規模方言調査の回答を整理・分析し,形式の分布域ごとの特徴や変化を読み解くことによって,東北方言における条件表現に用いられてきた形式の出自と変化を明らかにする。
11:45~12:30「方言動詞の活用システムと同音衝突 ~否定のンと終止形の撥音化~」 江口 正 (福岡大学)
終止形の「ル」が環境によって撥音・促音・長音などのモーラ音素化する現象は様々な方言でみられるが,その撥音化した「ル」と西日本方言の否定形の「ン」は特に一段活用の動詞において同音衝突を起こす。(「起きる」→撥音化形オキン・否定形オキン)
本発表はこの同音衝突がシステマティックに回避されているように見えるいくつかの方言 (主として九州方言) の活用システムや活用形の談話上の運用の実態を観察し,同音衝突という表面的な現象がシステム上・運用上どのようなことにつながっているか考察する。さらに活用システムの方言差のいくつかの部分は同音衝突の回避方法の違いとして解釈することが可能ではないかという仮説を提出する。
12:30~13:30昼休み
13:30~14:15「使用実態からみた方言のノダ文」 野間 純平 (島根大学)
本発表では,方言のノダ文を取り上げ,ノダ相当形式が表す意味について議論する。現代標準語におけるノダ文の研究では,多様な文脈で使用され,幅広い意味を表す「ノダ」の意味・機能を統一的に把握するにはどのように記述すればよいかということが主たる関心となってきた。方言のノダ文は,そのような標準語のノダ文研究の成果を下敷きにして,その文法的な性質が記述されてきた。発表者もその中で方言におけるノダ文の記述や方言間対照を行ってきた。
それに対して本発表では,方言のノダ文が表す意味に対して,別の観点からのアプローチを試みる。具体的には,談話資料を用いて,方言ごとにノダ文の使用実態がどのように異なっているかを把握することを目指す。方言のノダ相当形式が持つ抽象的な機能ではなく,そもそもどのような場面でノダ文を用いて表現するのか,あるいはしないのか,といった運用実態を記述し,それを方言間で対照する。特に,「ノダ」の「ノ」に当たる形式を持たない山陰方言と中部方言を中心的に取り上げる。
14:20~15:05「昔話の叙述型の全国概観」 日高 水穂 (関西大学)
昔話のストーリーを展開させる叙述の文末形式は,以下の4タイプに大別できる。
伝聞描写型 : 述語用言+伝聞形式 (+終助詞)
伝聞説明型 : 述語用言+説明のモダリティ形式+伝聞形式 (+終助詞)
確定説明型 : 述語用言+説明のモダリティ形式 (+終助詞)
確定描写型 : 述語用言のみの言い切り (+終助詞)
方言で記録された昔話資料を全国的に俯瞰すると,以下の傾向が見られる。
(1) 周辺部 (東北北部,新潟,島根東部,九州北西部) では伝聞描写型が多用され,中央部 (近畿,四国北部) では確定説明型が多用される。
(2) 東日本および西日本の日本海側の地域では伝聞型が多用され,西日本の太平洋側の地域では確定型が多用される。
(1) は中央部でノダ相当形式が先行的に発達したこと,周辺部ではノダ相当形式を用いない語りが維持されていることを反映したものと考えられ,(2) は昔話を語る文化の地域差を反映したものとみなせる。
15:05~15:20休憩
15:20~16:05「方言の終助詞の対照研究 : 平叙文専用の形式を中心に」 小西 いずみ (広島大学)
日本語諸方言の終助詞の記述的研究はこの数十年でかなり蓄積されてきたが,各終助詞の意味については,記述者がそれぞれ独自の用語・表現を使うこともあり,当該方言話者以外には理解が難しい。また,異なる方言間の同形あるいは類義の終助詞の意味・用法の異同も明らかになっていない。本発表では,こうした問題意識にたち,異なる方言間の同形 (類似形) あるいは類義の終助詞を対照し,それらの意味・用法の異同を明確にすることで,終助詞が担う意味の性質や範囲についての理解を深めたい。特に平叙文に現れる終助詞を中心にする。扱う方言と形式は,(1) 共通語・富山方言・大阪方言のワ,(2) 山形方言のジェ・富山方言のゼ・大阪方言や広島方言のデなどである。
16:10~16:55「日本語諸方言の敬語運用から見えてくるもの」 酒井 雅史 (大阪大学)
日本語の方言敬語 (尊敬語) については,これまで多くの論考がある。方言文法全国地図や種々の先行研究から用いられる敬語形式を知ることができ,「身内尊敬用法」の有無や「東日本よりも西日本の方が盛んである」といった用いられ方の特徴についてもいくつかの指摘がある。
本発表では,方言文法全国地図など全国的な状況を俯瞰できる資料を用いて,敬語運用の類型とその地理的分布を捉えていく試みを示す。具体的には,話し相手に対する敬語使用が問題となる対者待遇場面とその場にいない第三者のことを述べるときの敬語使用が問題となる第三者待遇場面での尊敬語の用いられ方を中心に扱う。そのうえで方言敬語研究の課題について考えたい。