「対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法」 第3回合同研究発表会 Prosody & Grammar Festa 3
- プロジェクト名・リーダー名
- 対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授) - 開催期日
- 平成31年2月16日 (土),17日 (日)
- 開催場所
- 国立国語研究所 講堂 (東京都立川市緑町10-2)
交通案内 - 参加費・事前申込み
- 不要
シンポジウム 日本語と言語類型論
平成31年2月16日 (土)
13:30~13:40開会
13:40~14:15「日本語のイントネーションと言語類型論」 五十嵐 陽介 (一橋大学)
日本語・琉球語諸方言のイントネーション研究は始まったばかりであり,研究の蓄積は多いとは言えない。とは言え近年,諸方言のイントネーション体系を類型化しようとする試みがなされている。日本語・琉球語諸方言のイントネーション体系は2つの主要な成分,すなわち句末音調 (boundary pitch movement) と韻律句形成 (prosodic phrasing) の観点から記述することができる。諸方言のイントネーション体系の類型化は主として句末音調の観点からなされてきた。本発表では句末音調の類型論的研究の成果を概観したのちに,未開拓の研究分野である韻律句形成の類型論の可能性を論じる。その際,“dephrasing”あるいは「アクセント単位の拡張現象」と呼ばれる現象に焦点を当てる。
14:15~14:50「日本語のオノマトペと言語類型論」 秋田 喜美 (名古屋大学)
日本語で「擬音語・擬態語」と呼ばれるオノマトペ (ideophones, mimetics, expressives) は,日本語,韓国語,バスク語,ニジェール=コンゴ語族,オーストロアジア語族,ケチュア語族などに発達しているとされる語類である。オノマトペの類型論的研究は概して遅れている。本発表では,今後の議論の叩き台として,「オノマトペはどんな言語に発達しているのか」というそもそもの疑問に対し,言語的・非言語的な観点から示唆を試みる。
14:50~15:10休憩
15:10~15:45「日本語の主題・焦点と言語類型論」 野田 尚史 (国立国語研究所)
現代日本語の書きことばでは,文の主題を表すときは助詞「は」をはじめとする主題のマーカーがほぼ必須であり,主題を表示する機能が発達している。それに対して,文の焦点を表すときは助詞「が」「こそ」が使われることはあるが,焦点を表示する機能が発達しているとは言えない。
他の言語を見ると,主題を表示する機能より焦点を表示する機能のほうが発達している言語もある。日本語でも,古代日本語や現代日本語の話しことばは現代日本語の書きことばよりは焦点を表す機能が発達していると言える。
文の主題と文の焦点は対照的な機能を持っており,主題であれば焦点ではなく,焦点であれば主題ではないという関係にある。そのため,主題を表示する機能が発達していれば焦点を表示する機能は発達していなくてもあまり不便はなく,逆に焦点を表示する機能が発達していれば主題を表す機能は発達していなくてもあまり不便はないはずである。
この発表では,日本語と他の言語の主題と焦点の表示について考察する。
15:45~16:20「名詞修飾表現の言語地図作成に向けて」 プラシャント・パルデシ (国立国語研究所)
日本語の連体修飾表現に関する寺村秀夫氏の一連の研究 (例 : 「友達から借りた本」 (内の関係,関係節),「頭がよくなる本」 (短絡の内の関係,内の関係と外の関係の中間的なもの),「さんまを焼く匂い」 (外の関係,名詞補文節) を端緒として,日本語の名詞修飾節の構造・機能的特徴が通言語的に関心を集めています。名詞修飾表現に関して,世界の多くの言語と比べたときに日本語は特異な言語であるか,それとも,日本語のような名詞修飾表現が他の言語でも頻繁に確認されるかは興味深い研究課題です。名詞修飾表現の対照研究班では日本語の名詞修飾表現の類型論的な位置づけを解明することを目指し,日本語とアジアやアフリカ諸語における名詞修飾表現の対照研究を行っています。また,言語間の類似点や相違点を可視化するために言語地図の作成も進めています。本発表では名詞修飾表現の言語地図作成の現状を報告し,今後の展望を述べます。
16:20~16:40休憩
16:40~17:15「日英語対照とフレーム・構文分析」 小原 京子 (慶應義塾大学)
本発表では,日英対訳絵本を題材に,日本語テキストとその英語訳との対照における「フレーム・構文分析」 (frames-and-constructions analysis) の有効性をみる。「フレーム・構文分析」とは,語彙項目や構文が喚起する意味フレームに着目して文の意味や構造を分析していく手法である。対訳テキストの「フレーム・構文分析」では,翻訳文が喚起する意味フレームは原文が喚起する意味フレームと基本的には同一であるという前提に基づき,両者に不一致が生じた際に,双方に現れる語彙や構文を比較対照しその要因を探っていく。
幼児を対象として書かれた対訳絵本のテキストを分析することにより,認知的な観点からの基本概念が各言語においてどのような構文で表現されるかをみることができる。また,そこでみられる両言語の意味フレームや構文の不一致は両言語の基本的な違いを反映していると考えられる。
話者のもつ言語に関する知識を構文同士が相互にネットワーク状に結びついた集合体 (コンストラクティコン,constructicon) と捉え,各言語のコンストラクティコンを構築したり,複数言語間のコンストラクティコンを比較対照したりする研究が近年注目を浴びている。対訳絵本テキストの「フレーム・構文分析」は,コンストラクティコン構築・比較対照の出発点としても有意義である。
17:15~17:50「日本語から生成文法理論へ: 統語理論と言語獲得」 瀧田 健介 (明海大学),斎藤 衛 (南山大学),村杉 恵子 (南山大学)
本研究プロジェクトは,日本語特有の現象に基づいて極小主義統語論の発展に寄与することをめざす。本報告では,研究成果の一部を公刊する The Linguistic Review の特別号に所収予定の5編の論文を紹介する。
極小主義統語論は,二つの要素 a, b から構成素 g = {a, b} を形成する「併合」,構築された構造を解釈部門に送る「転送」という二つの操作から成る。また,併合は,構成素 g の性質を決定するラベル付けのメカニズムを伴う。紹介する5編の論文は,(1) どのような要素が併合の対象となるのか (高野祐二),(2) 併合の適用により,主要部前置型/後置型句構造はどのように形成されるのか (高橋大厚),(3) 移動 (内的併合) が形成する連鎖は,どのように音声解釈部門に転送されるのか (船越健志),(4) 言語間変異を説明するラベル付けはどのように獲得されるのか (村杉恵子),(5) 解釈部門はなぜラベル付けを必要とするのか (瀧田健介) といった根本的な問題を扱うものである。
研究成果発表
平成31年2月17日 (日)
10:00~10:35「不定語のアクセントと不定語を含む文のイントネーション ―東京・福岡・鹿児島・長崎の対照―」 佐藤 久美子 (国立国語研究所)
日本語には,不定語 (「誰」「何」「いつ」など) や不定語を含む文に際立った音調特性を持つ方言がある。その特性は類似しながらも,方言によって固有の特徴を見せる。本発表では,不定語に現れる音調と不定語を含む文に見られる音調現象について,方言間のバリエーションを記述する。また,不定語が関わる,語レベルと文レベルに見られる現象の関連性を考察する。これらの現象にアクセント体系の相違が影響を及ぼす可能性があることを考慮し,ピッチアクセントを持つ東京方言と福岡方言,語声調を持つ鹿児島方言と長崎方言を取り上げ,比較・対照を行う。それぞれの方言において,語レベルに関しては,不定語のそれぞれに現れる音調と,不定語の各用法における音調がどのようであるか,文レベルに関しては,不定語からそれと関連付けられた補文標識までに生じる音調現象がどのようであるかを述べる。
10:35~11:10「アルタイ諸語のイントネーション研究に向けて」 久保 智之 (九州大学)
アルタイ諸語には,アクセントやストレスの対立のない言語が多いと言われる。ここでは,発表者が研究対象としているシベ語を中心に,現代ウイグル語やモンゴル語にも触れつつ,イントネーション研究の現状を紹介する。
イントネーションは,限られた音調が,心的レキシコンの中に,語彙項目として記載されていると考えられる。シベ語では,「上昇」,「中平」,「下降」,の3つがあると発表者は考えている。文末には3つ全てが現われうる。文末でない節末には,「上昇」と「下降」が現われうる。それぞれは,音声的には,さまざまなバリエーションを持つ。
アルタイ諸語においても,日本語と同じく終助詞が多く存在するが,特定の終助詞とイントネーションの組み合わせは,日本語 (例えば「よ+中平」など) と同じく,心的レキシコンに記載されているだろう。
イントネーションと類似した音調として,特定の単語に付されるプロミネンスや延長 (prolongation) がある。しばしば特定の phonation を伴う。これについても例示する。
11:10~11:30休憩
11:30~12:05「日本語のとりたて表現と否定呼応」 井戸 美里 (国立国語研究所)
日本語のとりたて助詞のなかには,「〜しか…ない」のように,否定とともに用いなければならないものがある。これまでの研究では,「しか」のような1部のとりたて助詞において,部分的に否定呼応が必須のとりたて助詞の存在が指摘されてきた。一方,この発表では,それ以外にも「など」「まで」などに,否定呼応を起こしているとりたて助詞が複数存在しており,それらのとりたて助詞はいずれも野田 (2015, 近刊) の指摘する「反極端」の意味カテゴリーに属していることを指摘する。また,これらのとりたて助詞はいずれも「は」を後接することができることを指摘する。本発表ではさらに,「など」「まで」の現象とは対照的に,「反極端」の意味カテゴリーに属している「くらい」などのとりたて助詞が,否定と共起して「極端」の意味として用いられている例を示す。
12:05~12:40「ドイツ語のとりたて表現」 筒井 友弥 (京都外国語大学)
日本語とドイツ語のとりたて表現を比較し, その類似点や相違点を述べる。まず, ドイツ語のとりたて表現の形態と意味を概観し, 本発表で扱う表現を絞る。また, 限定の表現である allein (だけ, しか~ない) を例に, 意味的な使用の制限を紹介する。次に, とりたて表現の現れ方に注目し, ドイツ語のとりたて表現が, 対象の直前, 直後あるいは離れた位置に出現することを示す。そのうえで, とりたて助詞同士の結合という観点から, その語順において日本語との共通点があることを見る。さらに, とりたて表現と他の範疇との関わりについて, 日本語の再帰表現「自ら」とドイツ語のとりたて表現 selbst の用法が類似していることに言及する。また, ドイツ語の限定 nur (だけ) と類似 auch (も) には, とりたて表現としてだけでなく, 特定の用法において, 日本語の終助詞などに相当する意味や機能を持つ場合があることを述べる。
12:40~13:40昼休憩
13:40~14:15「ダパ語の名詞句標識と名詞修飾」 白井 聡子 (日本学術振興会 / 筑波大学)
ダパ語 (チベット=ビルマ語派) の名詞修飾表現について,体言化をメトニミーのプロセスとする Shibatani (2017など) の枠組みを援用して分析を行う。多くのチベット=ビルマ系言語において指摘されているように,関係節と呼びうる表現はなく,動詞基盤体言化形式が関係節に相当する名詞修飾表現をおこなう。そのほかの名詞修飾要素としては,名詞,属格表現,数量表現,形容詞がある。名詞修飾を含む名詞句の末尾には,しばしば,属格辞と同一の形式が,いわゆる「属格」らしい機能を持つことなく付加される。この形式を仮に名詞句標識と呼び,日本語の2つの「の」と対照しながらそのふるまいと位置づけを検討する。以上の議論を踏まえて,ダパ語においては,体言基盤体言化形態素の修飾用法が十分に発達していないこと,名詞句末尾に添えられてメトニミーを補強する機能があることを指摘する。
【参考文献】 Shibatani, Masayoshi. (2017) Nominalization. In Masayoshi Shibatani, Shigeru Miyagawa, and Hisashi Noda (eds.) Handbook of Japanese Syntax. pp. 271-332. Berlin: De Gruyter Mouton.
14:15~14:50「ジンポー語の名詞修飾表現」 倉部 慶太 (東京外国語大学)
本発表では,ジンポー語 (シナ・チベット語族 : 北ビルマ) の名詞修飾表現について考察を行う。まず,名詞句の構造,名詞句を構成する名詞修飾要素,名詞下位類と名詞修飾要素の共起表現を整理する。続いて,ジンポー語の名詞修飾節構造では,主名詞と名詞修飾節の文法的・意味的関係を明示する標識が現れないこと,関係節と名詞補文の形式上の区別がないこと,名詞修飾節の成立条件が意味・語用論的に規定されることを報告する。また,Matsumoto, Comrie and Sells (2017) のタイポロジーに基づき,ジンポー語の名詞修飾節が類型論的にどのように位置づけられるかを報告する。最後に,同一の形式が,動詞補文,名詞補文,関係節,内在節,無主部節,副詞節など広い機能領域に用いられることを述べるとともに,Shibatani (2018他) の文法的体言化の観点から,これらを統一的に捉えなおすことができることを報告する。
14:50~15:10休憩
15:10~15:45「状態変化を表す日中複合動詞 ―フレーム・コンストラクション的アプローチ―」 陳 奕廷 (三重大学)
本発表は,状態変化事象とその状態変化を引き起こす原因・手段事象が1つの複合事象として言語化される際に見られる違い,及びその動機づけについて,日本語と中国語の複合動詞を対象にフレーム・コンストラクション的なアプローチ (陳・松本2018) で考察する。具体的には本発表が提案する「働きかけ・変化統合言語/働きかけ・変化独立言語」という類型論的な動機づけによって,1) 「主語一致の原則」 (松本 1998) の適用,2) 予見不可能 (unforeseeable) な使役事象の表現,3) 項の解釈の曖昧性の有無,4) 動詞の中心事象の意味範囲に違いが見られることを示す。このような言語間の違いは [動詞 動詞] という抽象的な形式とそれに結びついている鋳型的な意味のペアリング,すなわち「コンストラクション」という概念と,「語彙的意味フレーム」という,ある動詞が表す中心事象及びその関連事象の情報を含む豊かな意味構造で捉えることができ,対照言語学の分析にとって有用である。
15:45~16:20「経路の種類と経路表示 ―東京外国語大学における通言語的実験の成果―」 長屋 尚典 (東京外国語大学),天野 友亜,榎本 恵実,大久保 圭夏,鈴木 唯,髙橋 梓,高橋 舜,田中 克典,谷川 みずき,福原 百那,山田 あかり
国語研移動表現プロジェクトでは,ビデオを用いた通言語的実験研究によって,世界の言語の移動表現について,経路の種類によって経路表示がどのように変わるのか,経路表示に関する通言語的傾向はあるのか,あるとすればそれはどのような原理によっているのか,という問題に取り組んでいる。本発表では,このプロジェクトのために開発された実験素材 (C実験) を用いて,東京外国語大学での学部ゼミで取り組んだ10言語に関する通言語的実験の成果を発表する。具体的には,アラビア語モロッコ方言 (高橋舜),インドネシア語 (長屋尚典),韓国語 (天野友亜),スペイン語 (田中克典),タガログ語 (長屋尚典),チェコ語 (大久保圭夏,髙橋梓),トルコ語 (榎本恵実,鈴木唯),ノルウェー語 (谷川みずき),ベトナム語 (福原百那),ラオス語 (山田あかり) の各言語の言語類型論的特徴と移動表現の特徴を概観したあと,C実験の研究成果を提示し,各言語においてどのような経路がどのように実現されていたかを分析し,そこからどのような通言語的一般化が可能であるか探る。
16:20~16:55「補文のタイプと主動詞 ―意味計算の神経基盤を探る―」 酒井 弘 (早稲田大学),上垣 渉 (ライデン大学),須藤 靖直 (University College London)
「ケンが来ると/*か思っている」「ケンが来る*と/か疑っている」のように,補文を選択する動詞には,選択する補文のタイプに制限があることが知られている。しかしこの制限の本質をどう捉えるべきか,語彙意味論,統語論,意味論のいずれから導きだすべきなのか,まだ研究者の間で意見が相違している。本発表ではこの問題をめぐって,まず理論言語学的観点から,意味論的に制限を導きだそうとする主張を紹介する。続いて心理・神経言語学的観点から,実時間の言語処理において意味論的計算が行われているのかを脳波計測実験を使用して明らかにしようとする試みについて説明する。理論的研究の紹介においては英語のデータを主に使用して説明するが,実験的研究では英語,日本語の両言語で実験を実施することを計画しているため,両言語を対照しつつ議論する。