シンポジウム 「フィールドと文献から見る日琉諸語の系統と歴史」

プロジェクト名・リーダー名
「日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成」
リーダー : 木部 暢子 (国立国語研究所 言語変異研究領域 教授)

科研費 基盤研究B
比較言語学的方法による日本語・琉球諸語諸方言の祖語の再建および系統樹の構築
研究代表者 : 五十嵐 陽介 (一橋大学)
開催期日
平成30年12月22日 (土) 15:00~18:00 (「国立国語研究所オープンハウス2018」と同時開催)
平成30年12月23日 (日) 9:00~16:30
開催場所
国立国語研究所 講堂 (東京都立川市緑町10-2)
交通案内
国立国語研究所 第13回NINJALフォーラム「日本語の変化を探る」ポスター画像

[ PDF | 416KB ]

プログラム

12月22日 (土) (「国立国語研究所オープンハウス2018」と同時開催)

15:00~15:10 開会の挨拶
木部 暢子 (国立国語研究所)

15:10~15:50 「文献調査とフィールド調査による準体研究の展開」 坂井 美日 (国立国語研究所 / 日本学術振興会)

本シンポジウムにおける,本発表の位置づけは,文献調査とフィールド調査を融合することで,言語分析が進みうるという具体例を提示することである。本発表で扱う研究対象は,準体 (文法的名詞化) である。準体は,日本諸語・諸方言において,変化と変異が著しい文法項目の一つである。その通時的変化の仕組みについては,古典文献調査だけでは結論を出すことができず,また,変異を体系的に把握するにも,現代共時態のフィールド調査だけでは,うまく整理できない部分もある。しかし,文献調査とフィールド調査の成果を照らし合わせることで,上記の課題を克服する手がかりを相互に得ることができる。本発表では具体的に,a. 準体の変化の一方向性仮説,b. 準体助詞付与の階層性仮説の検証を行なう。

15:50~16:30 「琉球諸語と古代日本語からみる祖語の指示体系試論」 衣畑 智秀 (福岡大学)

琉球諸方言には二系列の指示詞を持つ体系と三系列の指示詞を持つ体系が存在する。本発表では,これらの諸方言がどのように分布しているかを見たあと,宮古諸方言を例に,二系列指示体系と三系列指示体系の使用実態について報告する。その上で,これらの指示体系の元になった祖語の指示体系は,直示で二系列の指示詞が対立し,それとは別の照応用法を担う指示詞があり,形態的には三つの指示詞を持つ体系であったことを主張する。このような指示体系は,古代日本語の指示体系にも非常に似ており,日琉祖語にも遡る可能性があることを述べる。

10分休憩

16:40~17:20 「方言研究から歴史変化を,歴史変化から方言解明へ」 ウェイン・ローレンス (オークランド大学)

諸方言の記述研究がさかんに行われているが,歴史変化に関する関心が薄いことが多く,バリエーションの説明につながらなかったり,一方言だけ見ていて記述がうまく進まなかったりするということがある。このことに鑑み,本発表では,文献やそれ以前の形,よりローカルな最近の変化などを含め,歴史変化を扱うための視座を養うべく,琉球方言の実例を中心に,共時態からそれを生み出す背景を探る。

17:20~18:00 ディスカッション
ディスカッサント : ジョン・ホイットマン (コーネル大学)

12月23日 (日)

9:00~9:40 「琉球語の動詞活用形の歴史的変化」 狩俣 繁久 (琉球大学)

北琉球語の那覇市首里方言,南琉球語の宮古島市上野字野原方言,石垣島四箇方言,古文献『おもろさうし』 (琉球王府1531) の四つの言語の動詞活用形を比較し,その共通性と差異性を検討した結果,次の仮説を導いた。
A) 琉球語の南北差は,九州からの人の移動の波が二度あったことに由来し,現在の南琉球語にみられる言語の特徴は,最初に移動した人々の言語の特徴を引き継いでいる。
B) 南北琉球語に共通の特徴は最初の移動でもたらされたものである。
C) 南琉球語にみられず,北琉球語と九州方言が共有する文法形式は,九州方言からの影響によって発生したものである。
D) 二度目に移動してきた人々の言語は現在の九州方言と共通の特徴を有し,北琉球語に大きな影響を与えた。
E) 南琉球語に固有の形式と見られるもののなかに,かつては北琉球語にもあったが,九州方言の影響を受けた結果,北琉球語で痕跡を残して消えたものがある。

9:40~10:20 「八丈語の動詞形態論 古層の保持と変化」 金田 章宏 (千葉大学)

八丈語は上代東国方言のいくつかの特徴をうけついでいるが,動詞的な形態面では-o連体形や推量のナムがあげられる。上代語的な特徴としては,テンス・アスペクトの体系に部分的に古層を保っていて,動詞の詠嘆用法ではノムとノメリ (シアリ形) に対応する語形が,現在の進行と結果をあらわしわける。このようにノメリに対応する語形の過去テンスへの移行が遅れたことで,過去テンスを明示する形 (シアリアリ形) がつくられることになる。また,いわゆる係り結びでは,強調コソ,疑問カに対応するものがみられる。動詞否定形には否定ズ以前 の姿を保つ語形があるが,「未然形」接続でない点は未解決のままである。八丈語は日本語の古い特徴を多く保存しながら,緩やかな変化過程にある。

10分休憩

10:30~11:10 「本土諸方言の動詞形態論の歴史的変化 : ラ行五段化を中心に」 佐々木 冠 (立命館大学)

ラ行五段化は母音語幹動詞や変格活用動詞の語末がミラン (見ない),ミラセル (見させる),ミレ (見よ) などのようにラ行五段活用動詞と同形になる現象であり,日本語本土方言の動詞形態論の多様性を特徴付ける現象である。東条 (1943) 以来,この現象を活用型の統合の一つとする分析が主流であったが,de Chene (2016) により接尾辞の異形態に関わる形態音韻論の統合と捉える分析が提案されている。発表者はラ行五段化を接尾辞の変化と捉える点でde Cheneと同じ立場に立つが,de Cheneとは異なり,変格活用も含めたラ行五段化形式をもれなく分析するためには類推が重要な役割を果たしたと考える。本発表では,類推がラ行五段化の説明に役立つだけでなく,nigeroba (逃げれば,茨城県神栖市波崎方言) などのラ行五段化以外の形式の成立事情を分析する上でも有効であることを示す。

11:10~12:00 ディスカッション
ディスカッサント : 屋名池 誠 (慶應義塾大学)

12:00~13:00 お昼休憩

13:00~13:50 「琉球語研究における系統樹研究の可能性」 狩俣 繁久 (琉球大学)

琉球語は音韻,アクセント,文法,語彙のそれぞれの面で特徴的な性格を有する下位方言によって構成されていて,琉球列島の生物多様性に劣らず言語的多様性をみることができる。しかし,琉球語が日琉祖語から分岐したのち,琉球列島の島々に伝播し,それぞれの地域で独自の発展を遂げ,琉球語の多様性が発生した歴史的な変化過程や要因について十分に検討されていない。琉球語の下位方言間の歴史的関係にも不明なことが多く,下位区分に関する定説もない。これまでの研究成果に基づいて琉球語の系統樹を描いて琉球語の歴史を明らかにする研究を始めた。音韻と文法と語彙は言語的特性が異なり,音韻で描く系統樹と語彙で描く系統樹と文法で描く系統樹は,異なる樹形を描く。地域の言語とそこに生きる人々の来歴を探る手法としての系統樹研究の可能性を考える。

13:50~14:40 「分岐学的手法に基づいた日本語・琉球語諸方言の系統分類の試み」 五十嵐 陽介 (一橋大学)

本発表は分岐学的手法に基づいて日琉語族の系統樹を提案することを目的とする。系統関係のある言語同士の系統的近縁性に基づいて,より下位の言語群 (「琉球語派」や「日本語派」など) を確立する過程は下位分類と呼ばれるが,下位分類のための基準となり得るものは,共通改新を於いてほかにない。改新とはより古い時代には存在せず,特定の時代に新たに生じた言語的特徴のことである。本発表では言語特徴の地理的分布のひとつの様態である「マトリョーシカ分布」に注目する。言語特徴の地理的分布が別の特徴の分布に完全に含まれることで,言語地図上に複数の等語線が交差することなく引かれることがあるが,このようなタイプの言語特徴の分布が「マトリョーシカ分布」である。マトリョーシカ分布を示す言語特徴は含意階層をなすので,本発表ではこの分布を,入れ子状に生じた一連の改新を示すものだと解釈し,これに基づいて系統樹を構築する。提案される系統樹では,1) 少なくとも2つの語派,「拡大東日本語派」と「南日本語派」とが定義され,2) 「本土日本語」ないし「日本語派」と呼ばれてきた語群は系統的分類群としては成立せず,3) 琉球諸語は南部九州語と姉妹関係にあり,4) 八丈語は糸魚川浜名湖線以東に分布する諸言語とともに単系統群「中核東日本語群」を形成する。

10分休憩

14:50~15:40 「日琉諸語の系統分類と分岐について」 トマ・ペラール (フランス国立科学研究センター)

15:40~16:25 ディスカッション

16:25~16:30 閉会の挨拶
木部 暢子 (国立国語研究所)