日本言語学会ワークショップ 「移動経路の種類とそのコード化 : 通言語的ビデオ実験による移動表現の類型論再考」

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
文法研究班 「動詞の意味構造」
松本 曜 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
開催期日
平成30年11月18日 (日) 10:00~12:00
開催場所
京都大学 吉田キャンパス (京都市左京区吉田本町)
アクセス

事前申込み不要です。

プログラム

「課題と仮説」 松本 曜

言語がどのように空間移動を表すかについては興味深い言語差があることが知られており,移動の経路が文のどの位置で表現されるかという観点から言語が分類されてきた。しかし,経路の表現位置は経路のタイプによって異なる。たとえば,着点へ向かう経路 (TO) は多くの言語において,主要部外の要素,特に接置詞や格接辞で表す傾向があるのに対して,上方向の経路 (UP) は動詞で表現されることが多い。本ワークショップでは,統一的な通言語的ビデオ実験によって,15の経路 (FROM, TO, TOWARD, PAST, VIA (+BETWEEN/UNDER), ALONG, AROUND, INTO, OUT, ACROSS, THROUGH, OVER, UP, DOWN) に関して行った調査の結果を報告し,経路のタイプとその表現位置に関する一般化を試みる。それによって,これらの経路は,主動詞でコード化されやすいもの,主動詞以外でコード化されやすいもの,また中間的なものとして,主動詞とそれ以外で二重に表示されたり,多様な表示方法を取るものが存在し,緩やかではあるが一種のスケールをなすことを示す。それを通して,日本語の移動表現を諸言語の類型論的傾向の中に位置づける。

「フランス語移動表現における経路表示と類型論」 守田 貴弘

フランス語は仮説におよそ一致した分布を見せ,スケールのほぼ全体を動詞がカバーしつつ,主動詞単独でコードする領域 (UP, DOWN, ACROSS) と主動詞と前置詞で分散的にコードする領域に分かれる。前置詞単独で担う経路は限定的であり,位置変化の様相がそれほど明確ではない経路 (TOWARD, ALONG) や,PAST/THROUGH/VIA を一括して担う動詞 passer とともに使われて位置関係を補足する UNDER や BETWEEN などに限られる。

「クプサビニィ語とシダーマ語における通言語的傾向と類型タイプの現れ」 河内 一博

クプサビニィ語 (南ナイル ; ウガンダ東部) は特に動詞が一つだけ使われるときは,付随要素枠付言語の特徴を示し,シダーマ語 (東クシ ; エチオピア南部) はたいてい,動詞枠付言語の特徴を示す。付随要素枠付言語は移動様態動詞を,動詞枠付言語は移動経路動詞を多く持ち,それぞれの頻度が高いという仮説がある (Slobin 2004) が,これら二つの言語の移動経路動詞の数に大きな違いはない。ビデオ実験の両言語のデータの経路の表現を比較すると,動詞で表され易いとされる UP/DOWN や ACROSS と,動詞で表されにくいとされる TO や TOWARD では,一般的傾向が反映され,両言語はあまり大きくは違わない。一方,動詞で表され易くも表されにくくもない経路 (INTO/OUT, VIA, PAST など) には,移動表現の類型タイプが言語使用にある程度反映され,両言語で違いがある。なぜこのような経路の種類による違いが現れるかを考察する。

「タガログ語移動表現の経路表示」 長屋 尚典

タガログ語の移動表現では,様態も経路もどちらも,主動詞 (主要部) または前置詞・副詞などの主要部外要素として表現することができる。問題は特定の経路を表すのにどちらが使われるかである。今回の実験の結果,経路の表現方法が経路のタイプによって異なっていることだけでなく,それが本ワークショップで提案される序列にもおおよそ沿っていることが分かった。タガログ語については,pure verb-framed language (Huang and Tanangkingsing 2005 : 337) であると考えられてきたが,本発表は全く別の結論を導くことになる。

「タイ語移動表現の経路表示」 高橋 清子

タイ語移動表現の典型は様態動詞と経路動詞を組み合わせた動詞連続体である。経路動詞の使用頻度が最も高い。経路動詞に「 (名詞起源の位置前置詞+) 経路参照点名詞句」が続いたり,最後の位置に「動詞起源の経路前置詞+ (位置前置詞+) 経路参照点名詞句」が添えられたりすることもある。これらの経路表示の使用傾向は経路タイプによって異なる。上記序列の右側に位置する UP, ACROSS, THROUGH, PAST はほぼ動詞のみを使う。左側に位置する TO, TOWARD, INTO, VIA, ALONG, AROUND は「動詞+位置前置詞句」を比較的多く使い,OUT は「動詞+経路 (起点) 前置詞句」を比較的多く使う。