シンポジウム「日本語文法研究のフロンティア ―形態論・意味論・統語論を中心に―」

プロジェクト名・リーダー名
対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
班名・リーダー名
文法研究班 「とりたて表現」
野田 尚史 (国立国語研究所 日本語教育研究領域 教授)
開催期日
平成29年3月11日 (土) 10:00~17:00
開催場所
キャンパスプラザ京都 2階 ホール (〒600-8216 京都市下京区西洞院通塩小路下る東塩小路町939)
アクセス(JR京都駅からすぐ)

プログラム

10:00~10:05趣旨説明 野田 尚史 (国立国語研究所)

司会 : 中俣 尚己

10:05~10:45「外来語動名詞の形態統語研究に向けて ―範疇,語種,形態構造―」 田川 拓海 (筑波大学)

本発表では,現代日本語における外来語動名詞 (サ変動詞) を対象にした形態統語論研究を進める上で重要な現象及び問題点の整理を行う。まず,外来語動名詞 (例 : スタートする) の選別の基準について検討し,基本的には漢語動名詞と同じような取り扱いが可能なことを確認した上で,1) 動詞と判別してよいかどうか,2) 自他の観点からどのような分類が可能か,の観点から外来語動名詞の具体的な分類案を提示する。次に,外来語動名詞の性質を漢語動名詞と同様のテストを用いて調べると,動名詞の統語的な性質と形態構造の複雑さが一致していないことが明らかになり,外来語動名詞を用いることによって語種と形態構造の関係性について具体的に検証できることを示す。最後に,外来語動名詞に含まれる接辞と外来語動名詞に付く接辞の振る舞いと形態論研究の可能性を紹介する。

10:50~11:30「現代日本語における未然形」 佐々木 冠 (札幌学院大学)

構造主義以降,現代日本語の動詞形態論では未然形を認める分析と認めない分析が併存している。これはいくつかの接尾辞で連結母音を伴う異形態を認めるか否かという問題でもある。二つの分析がある場合,一方の分析では分析できない現象を指摘するかたちで分析の優劣が争われることが多いが,未然形に関してはそのような議論が行なわれてこなかった。本発表では,標準語における非正規表現や方言の動詞形態法を通して未然形を用いる分析の妥当性を検証する。検証対象にするのは,標準語を含む東日本の方言で「否定のラ行五段化」が生じないこと,サ変動詞におけるサ入れ形式のあり方,いくつかの方言で見られる否定推量形式,北海道方言の自発述語形式のヴァリエーションである。これらの分析には未然形を用いることが有効であることを明らかにする。その上で未然形の動詞形態論上の位置づけについて論じる。

11:35~12:15「旧 JLPT 語彙表に基づく形態素解析単位の考察」 森 篤嗣 (帝塚山大学)

本発表では,MeCab0.996 と UniDic2.1.2 の組み合わせを用いて,国際交流基金・日本国際支援協会 (2002) による旧日本語能力試験語彙表 (以下,旧 JLPT 語彙表) の1級から4級までの全語について,短単位で形態素解析した結果の分析に基づいた考察をおこなう。「日本母語話者の直観に沿い,日本語教育に役立つ」というポリシーに基づき,品詞情報に基づく結合ルールを整理・考察する。また,日本語教育関係者が「短単位で分割されてしまう語」について,本当に「分割しない」ということを希望するのかについて,日本語母語話者・非母語話者に対してアンケートを実施して検証し,前処理で問題となった「~」を含む語についても考察する。

昼休憩 (1時間)

司会 : 佐藤 琢三

13:15~13:55「接続詞と文脈的意味をめぐって」 森山 卓郎 (早稲田大学)

累加とは,文脈としての主張 (文脈主張) を強化するために,同類の文脈的属性 (アドホックに設定される) であることを有標のこととして示し,後件の事態や主張を付け加える接続である。累加の接続詞の用法は,同一事態について言える「しかも」「おまけに」「それも」類と,言えない「さらに」「その上」「それに」のタイプに分けられる。また,それぞれ,モダリティの制約 (「それに」は疑問文の連結もできる等),継起性の違い (「さらに」「その上」のタイプは継起性がある等) といった観点から整理することができる。使用の観点では,文脈的意味の把握をする点で,言語に習熟していない段階では累加の接続詞は使われない傾向がある。

14:00~14:40「文の機能と文の階層・サイズ ―生成文法の視点から―」 長谷川 信子 (神田外語大学)

南 (1974),益岡 (1987),野田 (1989),田窪 (1989) はじめ文の階層性,節のサイズについては,日本語学研究でも馴染みが深く詳細な記述的一般化が得られている領域である。他方,生成文法では,(i) 文内部の要素 (項・付加詞) の構造化メカニズムから文解釈への派生を通し機能範疇が文構築の役割を担うこと,(ii) 機能範疇が文の機能 (従属節機能やその役割,陳述機能を含む) を明示し,その機能を全うすることが移動を含む文構築操作を駆動させる原動力であることなどが明らかとなってきている (例えば,Cartography の枠組み)。漸く,日本語からの知見と生成文法の課題設定が有機的に相互協同できる記述的・理論的基盤が形成されつつあるのである。本発表では,それを,文の機能範疇の構造と統語操作 (移動) の観点から,文の語用機能,副詞句 (節),取り立て詞 (係り助詞),否定辞の作用域の現象などに言及して,明らかにする。

14:45~15:25「日本語に潜む程度表現」 中俣 尚己 (京都教育大学)

この発表では,辞書などでは程度的な意味を持つと必ずしも言及されているわけではないのに,実際の使用場面では程度的な意味を持つ語について取り上げる。ケーススタディとして,指示詞「そんな」と動詞「占める」を扱う。「そんな」は例えば他者の具体的な研究をさして「そんな研究」といった場合,程度的な意味が発生し,「意味がない」と続けることは全く自然だが,「有意義だ」と続けることは強烈な違和感を生じさせる。しかしながら,「そんな」が常にこのような程度的な意味を生むわけではない。この発表ではコーパスを用い,後接する語の種類によって程度的な意味が生まれるか否かが決まることを主張する。「占める」も「日本人は当時の居住者の1%を占めた」のような文は「割合が多い」としか解釈できず,程度的な意味を生んでいる。このような語を洗い出す目的にもコーパスが有用であることを主張する。

休憩 (10分間)

司会 : 野田 尚史

15:35~16:15「構文の意味派生の推進と抑制 ―テモラウ構文とテクレル構文を例に―」 天野 みどり (大妻女子大学)

複数の要素からなるひとまとまりの構成体が全体である特定の意味と固定的に結びつく場合がある。この固定的な意味は,実際のコミュニケーション上,重要な役割を果たすと考えられる。本研究では,基本的な構文の意味が異なる意味に派生する要因を考察し,構文の意味が果たす役割についての理解を深めることとしたい。
例として同じ受益構文とされるテモラウ構文とテクレル構文を考察する。テクレル構文は〈評価表示〉用法 (やっと晴れてくれた) が派生しているが,テモラウ構文では違和感がある (?やっと晴れてもらった)。他方,テモラウ構文は「~ないと」に組み込まれた形式で〈行為要求〉の意味を表す (しっかりしてもらわないと) が,テクレル構文ではあまり使用されない (しっかりしてくれないと)。これらを例に,構文の意味派生の推進・抑制には,言語内的な諸要因,使用に関わる言語外的な諸要因が関与することを示す。

16:20~17:00「<全該当>を表す語の主観性と集合形成」 佐藤 琢三 (学習院女子大学)

本発表は,ある集合の全要素が該当することを表すという直観を母語話者がもっていながら,実際には圧倒的少数事例をとりたてうる諸形式を取りあげる。前の月に週2回のペースで学校に遅刻した高校生に関して,「遅刻してばかりだ」「いつも遅刻している」という言い方は自然である。また,高校生の発話として「遅刻なんてみんなしているよ」という言い方も自然である。しかし常識的に考えて遅刻しているのは全生徒の一部に過ぎない。ちなみに,「常に」「だけ」「ばかり」「全員」などはこのような振る舞いをみせない。「ばかり」「いつも」「みんな」は,会話中におけるオンラインでの集合形成に関わるものであるが,集合形成のプロセスやそれを動機づける要因は形式ごとに異なる。「みんな」に関しては現象の指摘にとどまるが,「ばかり」については「認識的際立ち性」という要因が,「いつも」は「当該文脈に関する知識」等の要因が関与している。