Prosody and Grammar Festa

プロジェクト名・班名・リーダー名
  • 対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法
    窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
    • 音声研究班 「語のプロソディーと文のプロソディー」 窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
    • 文法研究班 「名詞修飾表現」 プラシャント・パルデシ (国立国語研究所 理論・対照研究領域 教授)
    • 文法研究班 「とりたて表現」 野田 尚史 (国立国語研究所 日本語教育研究領域 教授)
  • 語用論的推論に関する比較認知神経科学的研究
    酒井 弘 (早稲田大学 教授)
  • 日本語から生成文法理論へ : 統語理論と言語獲得
    村杉 恵子 (南山大学 教授)
開催期日
平成29年2月18日 (土) 13:30~17:30
平成29年2月19日 (日) 9:30~16:35
開催場所
国立国語研究所 (東京都立川市緑町10-2)

Prosody and Grammar Festa
「対照言語学」プロジェクト 第1回合同研究発表会

平成29年2月18日 (土)

12:30受付開始

13:30~14:40

  • 「実験語用論研究の展望 : 言語は文脈といつ・どのように結びつけられるのか」
    酒井 弘 (早稲田大学),小泉 政利 (東北大学)

    語用論研究の分野では,近年,自然発話コーパスや母語話者による文法性判断などの伝統的データに加えて,読文時間や脳波・脳機能イメージなどの実験的データを使用した研究プロジェクトが急激に増加している。国際的には,2005年から学会組織 Experimental Pragmatics が発足して隔年の国際研究集会が開催され,日本では,2016年から大阪大学宮本陽一教授をリーダーとして,実験語用論を中核とした学術振興会日独2国間交流事業「量化に関する実験語用論的研究」が開始された。この発表ではこのような流れを踏まえて,いまなぜ語用論分野において新しいデータを使用する必要性が生じているのか説明した。続いて,2016年度にスタートした国立国語研究所「新領域創出型」共同研究プロジェクト「語用論的推論に関する比較認知神経科学的研究」について目的と方法を概説し,期待される研究成果について述べた。

  • 「鹿児島方言の「の」の縮約と音節構造」
    窪薗 晴夫 (国立国語研究所)

    日本語において3モーラの音節 (超重音節,superheavy syllable)を忌避する傾向があることは以前より指摘されているが,東京方言以外の方言については考察が少ない。本発表では,鹿児島方言についてこの問題を検討した。とりわけ,「名詞+の」が「名詞+ん」に縮約される規則 (「私の」→「私ん」) に注目し,名詞が長音で終わる場合には短母音化 (pre-nasal shortening) が起こりやすいこと (「東京の」→「とうきょうん」→「とうきょん」,「太郎の」→「たろうん」→「たろん」) と,3モーラ音節が生じる環境では「の→ん」の縮約規則が阻止される傾向があることを指摘した (「となり (隣) の」→「となりん」 vs. 「とない (隣) の」→ *?「とないん」,「いぬ (犬) の」→「いぬん」 vs. 「いん (犬) の」→ *「いんん」)。これらの現象において音節構造 (境界) を確定するのにアクセントが重要な根拠となる。

15:00~16:10

  • 「鹿児島県種子島中種子方言のアクセント型の実現」
    五十嵐 陽介 (一橋大学),田村 智揮 (一橋大学),中野 晃介 (一橋大学),髙橋 佑希 (一橋大学)

    鹿児島県種子島中種子方言は,対立するアクセント型の数が最大2である,いわゆる「二型アクセント」体系を有する。先行研究によると,一方の型 (A型) は単独発話において下降が生じない型であるのに対して,他方の型 (B型) は下降が生じる型であるという。また,B型における下降 (下がり目)は,後ろから3番目の音節に現れる (但し,2音節語の場合は後ろから2番目,3音節語の場合は後ろから2番目あるいは3番目に現れる)が,同時に下がり目の位置には揺れがみられるという。本稿は,この方言の TBU は音節ではなくモーラであると仮定し,語末の高ピッチの生起と語の韻律構造とを考慮する新しい枠組みを提案した。その結果,従来の記述とは異なり,大部分の語の下がり目の位置は規則によって一義的に予測できることが明らかとなった。

  • 「言語理解におけるピッチアクセント情報 : 事象関連電位測定実験による検討」
    広瀬 友紀 (東京大学),小林 由紀 (東京大学),伊藤 たかね (東京大学)

    単語処理において用いられる言語内情報としては心的辞書に格納された語彙記憶情報が中心的な役割を果たす。こうした語彙記憶情報の違反と,統語処理などにおける演算規則の違反はそれぞれ異なる心的反応と結びついているのだろうか?日本語においてのピッチアクセントは語彙情報として規定されているが,複合語においてはそのアクセントは音韻規則により付与される。本発表では,東京方言の単語および複合語を用い,(i) 東京方言の音韻規則で生成できない「規則違反」型逸脱,(ii) 東京方言において可能な型だが語彙レベルで間違った選択である「語彙記憶違反」型逸脱,(iii) 複合語アクセントが誤って適用された際得られる「規則誤適用」型逸脱 を含む異なったタイプのピッチアクセント違反を比較した複数の事象関連電位測定実験結果を報告した。

16:30~17:30基調講演

  • 「乳児音声発達における知覚狭窄 : アジア言語比較研究からの展望」
    馬塚 れい子 (理化学研究所)

    乳児の音韻の獲得は Perceptual Narrowing (知覚狭窄) と呼ばれる発達変化を通して達成されるとされるが,この仮説は欧米言語を対象にした研究のみに基づいており,その妥当性の検証には欧米以外の言語を対象とした研究が必須である。本講演では,日本語と韓国語を学ぶ乳児を対象とした研究の成果や,現在進行中のタイ語,韓国語,広東語を学ぶ乳児の研究など,知覚狭窄仮説にアジア言語比較研究から迫る研究について紹介した。

平成29年2月19日 (日)

9:30~11:15

  • 「とりたて表現の対照研究を行う意義と方法」
    野田 尚史 (国立国語研究所)

    とりたて表現とは,限定を表す「だけ」や類似を表す「も」のように,語や句を焦点化したり非焦点化したりするものである。日本語ではとりたて表現が発達しており,さまざまな意味を表す。最低限を表す「ぐらい」や対比を表す「は」のようなとりたて表現は,日本語ではよく使われるが,あまり使われない言語もある。
    とりたて表現について対照研究を行うことは,日本語以外の言語のとりたて表現の研究を大きく前進させるとともに,広い視野から日本語のとりたて表現の研究を深化させる意義がある。
    そうした対照研究を行うときには,次の (1) から (4) のような視点が必要になる。
    (1) とりたてはどんな形態で表されるか? (形態論の視点)
    (2) とりたて表現はどんな文法的な性質を持っているか? (文法論の視点)
    (3) とりたて表現はどんな意味を表すか? (意味論の視点)
    (4) とりたて表現は実際にどのように使われるか? (語用論の視点)

  • 「just が表す「限定」と「反限定」」
    大澤 舞 (東邦大学)

    「限定」と「反限定」は相反する概念である。日本語では,それぞれは,例えば「だけ / しか」 (例 : お茶しか飲まない) と「でも」 (例 : お茶でも飲もう) という専用のとりたて表現によって表される。英語の副詞 justには,日本語の「だけ / しか」に対応した「限定 (restrictive) 」の用法だけではなく,文が表す命題内容に対する話者の態度,特に「軽視 (depreciatory) 」の態度を表す用法や (Lee (1987,1991) ), hedge としての用法 (Tannen (1993) ) があることが指摘されている。
    本発表では,just の軽視の態度を表す用法や hedge としての用法が,とりたての意味における「反限定」に対応することを指摘し,just が相反する限定概念を表し得る理由を考察した。その上で,英語には「反限定」を語彙化した表現はないが,「限定」を表すとりたて表現 just によって日本語の「反限定」とりたて表現がもつ語用論的効果とおなじ効果を現すことができることを論じた。

  • 「日本語学習者のとりたて表現の使用実態と習得の問題」
    中西 久実子 (京都外国語大学)

    本発表では,日本語学習者がとりたて表現をどう使っているかという使用実態とその習得上の問題を示した。具体的には,コーパスによる調査データを量的・質的に分析し,1) 日本語学習者は日本語能力が高くなるにつれてとりたて表現の使用頻度が高くなる,2) 英語を母語とする日本語学習者のとりたて表現の使用頻度は,他の言語を母語とする日本語学習者よりも低い,3) 日本語学習者がもっともよく使用するとりたて表現は,形式別の使用頻度では,母語話者と同様「も」「だけ」だが,用法別では,「名詞+だけだ」であることを指摘した。そして,日本語学習者と日本語母語話者との違いも示した。さらに,学習者によるとりたて表現の実例を用いて,文法的な問題,意味的・語用論的な問題,不使用の問題など,日本語学習者によるとりたて表現の習得の問題点を示した。

11:30~12:30基調講演

  • 「「とりたて」の日中対照」
    井上 優 (麗澤大学)

    日本語と中国語のとりたて表現には次のような違いがある。
    (1) 日本語では,「も」「さえ」「だけ」「しか (~ない) 」などのとりたて助詞を文中の要素に付加して,その要素をとりたてる。一方,中国語では,“也yě” (類似),“都dōu” (総括),“只zhǐ” (限定) などの副詞 (範囲副詞) が「主語の後・動詞の前」という固定位置にあって文中の要素をとりたてる。
    (2) 中国語のとりたてには,「前方とりたて」(同類・極端・特立)と「後方とりたて」(追加・限定)があり,両者はとりたての質が大きく異なる。
    (3) 日本語でとりたて表現が用いられるところで,中国語ではとりたて表現が使えないことがある。また,日本語でとりたて表現を用いなくてもよいところで,中国語ではとりたて表現の使用が義務的なことがある。
    本発表では,これらの相違が互いに密接な関係にあることを述べた。

13:30~14:40

  • 「日本語から生成文法理論へ : 統語理論と言語獲得」
    村杉 恵子 (南山大学),高野 祐二 (金城学院大学)

    本発表では,プロジェクト『日本語から生成文法理論へ : 統語理論と言語獲得』の目指すところについて,全体像を概説した。
    日本語の統語分析と言語獲得研究を通して一般言語理論に貢献し,同時に,日本語の類型的特徴について説明を与えることを目的とする本プロジェクトは,特に以下の基本的操作と概念から構成される極小主義アプローチを追求する。
    (1) 二つの要素から構成素を形成する併合および構成素の性質を決定するラベリング
    (2) 探索と一致によるφ素性ならびに文法格などの与値
    (3) 統語派生および解釈部門に情報を提供する単位としてのフェイズ
    この統語理論は,極めて高い説明力を有し,多くの課題を解決するものであるが,一方で,日本語の類型的特徴や言語間変異をどのように捉えうるのかについては不明な点が多い。本プロジェクトでは,この問題に焦点をあて,いかにして日本語の類型的特徴にも的確な説明を与える理論を構築できるのかを探る。

  • 「バントゥ諸語の名詞修飾構文 ―意味関係と形式」
    米田 信子 (大阪大学)

    本発表では,バントゥ諸語の名詞修飾構文に見られる形式と主名詞との意味関係のバリエーションを報告した。アフリカ大陸赤道以南に広く分布しているバントゥ諸語の多くには,いわゆる「関係節」と呼ばれる類似した構造の名詞修飾構文がある。しかしながら,その構文を用いて修飾できる名詞の意味関係の範囲は一様ではない。12のバントゥ諸語を対象にした調査の結果,バントゥ諸語においては, (i) 関係節を用いて修飾できる名詞の範囲だけでなく,関係節を用いることができない名詞の修飾に用いられる形式も言語によってさまざまであること, (ii) 「内・外」の関係よりも「主語と主語以外」という文法関係の違いが形式に反映される言語が少なくないこと, (iii) 関係節マーカーが動詞から独立した語として現れる構造の関係節のほうが,マーカーが動詞接辞として現れる構造のものよりも修飾できる名詞の範囲が広いこと,などが明らかになってきた。

15:00~15:35

  • 「コリャーク語の名詞修飾節 ―分詞と定形動詞による相補的形成」
    呉人 惠 (富山大学)

    本発表では,コリャーク語 (チュクチ・カムチャツカ語族) の名詞修飾節形成に,①非定形動詞 (分詞),②関係詞+定形動詞という2種類の方法がかかわっており,これらはおおよそ「接近可能性階層」 (Keenan and Comrie 1977) に従い,相補分布的に機能していることを検証した。すなわち,1) 階層の上位にある S および P の場合には,相対過去・現在を表わす分詞形成接尾辞 -lʕ,相対未来を表わす分詞形成接尾辞 -jolqəl によって名詞修飾節が形成される。一方, A を修飾できない制約は, A の能格から絶対格への昇格ならびに逆受動化を含む自動詞化により解消される。2) 階層のより低い斜格名詞や所有者名詞は,関係副詞・関係代名詞+定形動詞によって修飾される (ただし,最下位に位置する比較級の名詞修飾節化はできない)。

15:35~16:35基調講演

  • 「日本語の名詞修飾節構文 ―機能論的分析を目指して―」
    益岡 隆志 (関西外国語大学)

    本発表では,日本語の非限定的名詞修飾節 (「情報付加型名詞修飾節」) を対象に,その情報付加の機能をめぐって考察した。その考察において,情報付加の関与する領域が文である場合と談話・テクストである場合に分けたうえで,それぞれの情報付加の具体的なあり方を検討した。併せて,情報付加型名詞修飾節の主名詞が文の領域,談話・テクストの領域においてそれぞれ主として文の主題,談話・テクストの主題 (または関連主題) として機能する点にも言及した。