「日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究」研究発表会

プロジェクト名
日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究 (略称 : 東北アジア言語地域)
リーダー名
John WHITMAN (国立国語研究所 言語対照研究系 教授)
開催期日
平成27年1月10日 (土) 13:30~18:40
平成27年1月11日 (日) 10:00~15:00
開催場所
国立国語研究所 2階 多目的室 (東京都立川市緑町10-2)
交通案内

アイヌ語班 平成26年度 第2回 研究発表会 概要

平成27年1月10日 (土)

「ハンドブックのプロポーザルについて」アンナ・ブガエワ (国立国語研究所)

「複数性」中川 裕 (千葉大学)

アイヌ語には動詞数というカテゴリーがある。動詞の基本形において自動詞は参与者数を示し,他動詞は事象数を表す。この区別が曖昧に見える理由として,各動詞の語彙的な意味の違いにより複数形の表す意味が異なること,特に沙流方言などでは助動詞 pa が発達し,それが本来の複数形と混同されてきたことなどが挙げられる。また,他動詞において従来単数-複数の対立とされてきたものは,数の不関与性-多数性の明示という対立としてとらえなおす必要がある。

「アイヌ語と北方言語の接触 ―アイヌ語樺太方言の交易品・動植物名における借用語彙」丹菊 逸治 (北海道大学 アイヌ・先住民研究センター)

アイヌ語の特に樺太方言には少数ながらニヴフ語,ウイルタ語からの借用語彙が認められる。また逆にニヴフ語,ウイルタ語に借用されたアイヌ語の語彙もある。大陸と北海道を結ぶ,いわゆる「サンタン交易」の影響によるものが多いが,それ以外にも動植物語彙に借用関係がみられる。これらの語彙について若干の背景の考察を試みる。

「アイヌ語のアスペクトと証拠性」高橋 靖以 (北海道大学 アイヌ・先住民研究センター)

アイヌ語において,アスペクトと証拠性は必ずしも義務的な文法カテゴリーではない。しかし,これらの文法カテゴリーに関連する様々な表現がみられる。アスペクトは接続助詞と動詞の組み合わせによる分析的形式によって表される。多くの方言において,進行相と結果相との対立がみられる。また,一部の方言においては,進行相に人称制限がみられる。これは通言語的に有標な現象といえる。一方,証拠性は名詞化辞によって表される。多くの方言において,視覚,視覚以外の感覚,伝聞,推論の4項対立がみられる。

「ハンドブックのグロスについて」アンナ・ブガエワ (国立国語研究所)

全体討論

平成27年1月11日 (日)

「抱合 ―アイヌ語とタケルマ語,南パイユート語との対照」佐藤 知己 (北海道大学)

アイヌ語の抱合の特徴に関しては佐藤 (2012) (「アイヌ語千歳方言における名詞抱合」『北海道立アイヌ民族文化研究センター研究紀要』18: 1-31) などでこれまでも論じてきたが,これまでの研究はアイヌ語内部のデータ整理に主として基づいており,通言語的な観点の導入が課題として残されていた。この発表では,抱合という形態的手法を共有する北米先住民族の言語であるタケルマ語 (ペヌーティ語族),南パイユート語 (ユート・アステク語族) の二言語を取り上げて比較対照することにより,アイヌ語の抱合の特徴をこれまでとは別の視点から明らかにしようとするものである。

「アイヌ語沙流方言の補助動詞構文における共起制約 ―他動詞の補助動詞を中心に―」岸本 宜久 (北海道大学大学院)

アイヌ語の補助動詞構文「V1 wa V2」の V2 には自動詞も他動詞も立つが,共時的に自他両形がある「見る」 (テミル構文) の場合は,他動詞 nukar ではなく自動詞 inkar でもって補助動詞構文となる。本発表では沙流方言の資料分析を通じて,V2 が他動詞の場合,V1 との間にある種の共起制約が存在している点を指摘し,アイヌ語の補助動詞構文の統語的特徴を考察する。あわせて,V2 が他動詞である補助動詞構文「V1 wa anu」および「V1 wa okere」における制約についても考察する。

「音韻と音声 ―母音共起制限を中心に―」白石 英才 (札幌学院大学)

アイヌ語とニヴフ語における母音共起制限について考察する。アイヌ語に見られる母音共起制限については知里 (1952),ニヴフ語についてはHattori (1962) に詳細な報告があり,ともに母音共起のパタンを母音調和的と示唆している。本発表では両言語の母音共起制限に見られる共通点を指摘し,それが類型論的にいわゆる母音調和と同一視できるものではなく,むしろアクセントなど韻律的特徴に関連して生じたパタンである可能性を論じる。

全体討論