「日本語レキシコンの音韻特性」研究発表会
- プロジェクト名
- 日本語レキシコンの音韻特性 (略称 : 語彙の音韻特性)
- リーダー名
- 窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系 教授)
- 開催期日
- 平成26年11月14日 (金) 13:30~17:45
平成26年11月16日 (日) 10:00~12:00 (兼 日本言語学会 第149回大会 ワークショップ) - 開催場所
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14日 : 松山大学 文京キャンパス 2号館211号室 (愛媛県松山市文京町4-2) アクセス (交通案内等)
16日 : 愛媛大学 城北キャンパス 共通教育講義棟 (愛媛県松山市文京町3) アクセス (交通案内等)
発表概要
平成26年11月14日 (金)
「メキシコのトリキ語の声調研究とその言語学における貢献」松川 孝祐 (国立民族学博物館)
メキシコのオアハカ州で話されている先住民の言語であるトリキ語は,コパラ・トリキ語,チカワシュトラ・トリキ語,イトゥニョソ・トリキ語の3言語から成っており,世界的に最も複雑な声調体系を持つ言語のひとつと考えられる。特にチカワシュトラ・トリキ語は,19種類もの異なった声調を持つと考えられていた (Longacre 1952, 1957, 1959)。実際には,その多くは特定の音韻環境でのみ見られる異声調であるが,他の2つのトリキ語と同様に,8種類の声調素 (5, 4, 3, 2, 1, 32, 31, 23) が存在し,さらに7種類の異声調が存在する。本発表では,自身で収集したトリキ語3言語のデータをもとに,トリキ語の声調体系について概説し,トリキ語の声調研究がどのように言語学の研究に貢献しうるのか,音声学・音韻論的研究,歴史言語学的研究,類型論的研究や言語の普遍性の研究などの観点からご紹介したい。
「アイスランド語の副次強勢とリズムに関する覚え書き」三村 竜之 (室蘭工業大学)
北ゲルマン語の一つであるアイスランド語は英語やドイツ語と同じくストレスアクセントの言語であり,語は主強勢を担う音節を必ず一つ有する。従来,副次強勢は主強勢を担う音節 (人名や並列的複合語など一部の例外を除き,全て語の第一 (左端の) 音節) から数えて奇数番目の音節に現れるとされてきた (例 : 第3音節,第5音節,等々)。しかしながら,なぜこれらの強勢を全て一律に「副次」強勢と判断するのか理論的な根拠が全く示されておらず,また反例と思われる具体的事例も確認されている等,先行研究には種々の問題点が残る。
そこで本発表では,様々な条件 (引用形か否か,複合語や屈折形) で採取した一次資料を通じて先行研究の主張を批判的に検証し,アイスランド語における副次強勢の生起条件とその音声的・音韻論的特性を明らかにするとともに,アイスランド語のリズムの仕組みについても考察する。
「八重山諸島の3型アクセント ―その韻律単位は何か―」松森 晶子 (日本女子大学)
琉球祖語に想定される3種の韻律型の区別 (A, B, C系列) が,アクセント型の対立にすべて残されている現代方言は,これまで八重山諸島には報告されてこなかった。
これに対し宮古諸方言では,多良間(たらま)島 (松森2010, 2014),池間島 (五十嵐ほか2012, Igarashi et.al. 2011, & m.s.),宮古島の与那覇(よなは)方言 (松森2013) や狩俣(かりまた)方言 (松森2015) など,「3型アクセント体系」の存在が次々と報告されてきている。また,その3種の型の所属語彙は,(方言によって多少の違いがあるものの) 各系列の所属語彙と比較的きれいに対応することも分かってきている。これら宮古諸島の3型アクセント体系の重要な特徴は,それらに「韻律語 (Prosodic Word) 」という (他の日本語・琉球語の諸方言にはこれまで報告されてこなかったような) 韻律上の単位が,共通して認められるという点である。また,この「韻律語」という単位は,(a) 名詞,(b) 複合語の語根,(c) 名詞 + 1モーラの助詞,(d) 2モーラ以上の助詞 (あるいは助詞連続),などといった要素から成りたっていることも,徐々に分かってきている。
本発表では,同様な韻律単位を想定して調査を試みた結果,あらたに八重山諸島の小浜 (こはま) 島,西表 (いりおもて) 島古見 (こみ) 方言,黒島 (くろしま) にも,明瞭な3型アクセント体系が見出されたことを報告する。また発表では,波照間 (はてるま) 島にも「A, B, C系列」に相当する琉球祖語の3種のアクセント型の区別が依然として保たれていることも指摘し,同じ八重山諸島の他の諸方言にも,琉球祖語から引き継いだ3つのアクセント型の区別が比較的忠実に保たれている可能性があることを示唆する。最後に,南琉球のアクセント体系について発見されたこれらの諸事実に基づき,琉球語史に関連したいくつかの通時的な考察を行う。
平成26年11月16日 (日)
兼 日本言語学会 第149回大会 ワークショップ「文のプロソディーと語のプロソディー」
日本語のプロソディー研究はこれまで単語レベルの分析が中心であった。語アクセントと文のプロソディーの関係を探る研究は少なく,とりわけ,文レベルのプロソディー現象が語のアクセント・トーンにどのような影響を及ぼすかという研究はきわめて少ない。語プロソディーは文のプロソディーに影響を与えるが,その逆方向の影響はないというのが暗黙の了解になっているように思われる。ところが諸方言のプロソディー研究が進むにつれ,文レベルの要因・構造を考慮しないと語アクセントの特徴が適切に理解できない事例がいくつか報告され始めている。本ワークショップでは語アクセントの研究を文全体のプロソディー研究に展開するための序論として,日本語における語と文のプロソディーを考察し,他の言語に見られる現象と比較対照する。他の言語の例として,時制などの文法構造が語のトーンに影響を与えることが知られてきたバントゥ諸語を取り上げる。
「鹿児島方言における文のプロソディーから見た語のアクセント」窪薗 晴夫 (国立国語研究所)
鹿児島方言は九州南西部の諸方言と同様に,単語の長さとは無関係に2つのアクセント型が存在する。これらのアクセント型は単語・文節レベルでは,文節末音節が高く実現する型 (B型) と,その一つ前の音節が高くなる型 (A型) に実現する。ところが文レベルの現象 (疑問文,呼びかけ文,フォーカスなど) を詳細に見てみると,アクセントの特徴が「文節」のドメインを超えて実現する現象や,アクセント型の区別がなくなる現象 (いわゆるアクセントの中和現象) が観察される。本発表では,このような現象を詳述し,文レベルのプロソディーによって語レベルのアクセント型がどのように,かつどの程度変容を受けるか考察する。
「南琉球宮古語池間方言の語アクセントの中和と文レベルでの実現」五十嵐 陽介 (広島大学)
南琉球宮古語池間方言は3種類のアクセント型 (A型,B型,C型) を持つが,そのアクセント型は広範な環境で中和する。例えば,2~3モーラ語を単独で,あるいは助詞 (接語) 付きで発話すると中和が必ず生じる。この事実は,助詞を付加した語のみを観察するという手法では,この方言の語アクセントを捉えることができないことを意味する。一方,2~3モーラ語に2モーラ接語を付加し,さらに述語を後続させた場合,中和は生じない。2モーラの語根2つから構成される複合語に2モーラ接語を付加した場合も中和が生じない。本研究では,2モーラ以上の語根ないし接語が写像される「韻律語」という単位を提案し,3種類のアクセント型の実現のためには3つ以上の韻律語が必要であることを示す。また個々の型が「名詞 + 接語」の範囲を超えて実現される現象があることを指摘した上で,語アクセントと文レベルの韻律との関係を論じる。
「ヘレロ語 (バントゥ R31) における語のプロソディと文レベルの現象」米田 信子 (大阪大学)
ヘレロ語では,多くのバントゥ諸語と同様にテンス・アスペクト・ムード (以下TAM) によって動詞が異なるトーンで現れるが,それだけでなく,動詞に後続する名詞のトーンの実現形もTAMによって決定される。またヘレロ語には「特定の接辞からHが3つ以上並ぶと2つめ以降のHにはダウンステップが起きる」という規則があるが,複文において従属節の動詞にこの規則が適用されるか否かを決定するのは主節の動詞のTAMである。これらはいずれも語レベルのプロソディの観察からは見えてこない現象である。名詞も動詞も共起するTAMによってトーンの実現形が決まるが,さらに詳細を調べると,名詞と主節の動詞の場合は文法的条件によってトーンが決定するのに対して,従属節の動詞の場合には文レベルのプロソディの関与が観察される。本発表では,ヘレロ語の語のプロソディに見られる文レベルの文法構造やプロソディの影響について考察する。