「日本語レキシコンの音韻特性」研究発表会

プロジェクト名
日本語レキシコンの音韻特性 (略称 : 語彙の音韻特性)
リーダー名
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系 教授)
開催期日
平成26年9月28日 (日) 10:00~12:00
開催場所
東京農工大学 小金井キャンパス 工学部講義棟 2階 L0026 (東京都小金井市中町2-24-16)
アクセス (交通案内等)

発表概要
ワークショップ 「有声促音の音声学的諸問題:地域変異と発話スタイルを中心に」

日本語の音声学・音韻論において促音は特徴的な音の1つである。このうち有声 (阻害) 促音は標準語において有標な音素配列だとされ,和語や漢語には基本的に現れず,外来語で現れても無声化を起こすことがある。これまで有声促音の分布や交替を扱った研究は,音声研究の面からも,音韻理論研究の面からもたいへん興味を持たれてきた。ところが,これらの研究は基本的に標準語の比較的自然な発話を対象としたものであった。対象を方言にまで広げると,九州地方や東北方言を中心に和語や漢語でも有声促音が見られることがあり,また,標準語であっても「すごい」は「すっごい」のような強調の形式において和語であっても有声促音が見られるが,これらの音響音声学的な実態はほとんど明らかにされていない。さらに,これまでの促音の研究は音響音声学的な実現に焦点を当てたものが多く,聴覚的な手がかりが何なのか,どのように調音をモデル化すべきかなどは研究が少なかった。そこで,本ワークショップでは,上で取り上げた諸問題について取り上げ,考察することにより,これまで行われてきた研究に対して持つ意味合いを検討する。

「天草諸方言における有声促音の形態論的分布と音響音声学的実現」松浦 年男 (北星学園大学)

Kawahara (2006) は有声促音の音響分析を行い,有声促音が音響的には無声促音と近くなっていることを示し,これが知覚にも影響し,結果としてバッグ→バックのような音韻的な無声化を招いたと分析している。つまり,音響音声学的実現と形態的な変化に相関があると提案している。一方,天草下島ではクッドー「来るだろう」やコッゴ「国語」というように和語や漢語に有声促音が観察される方言とこれが観察されない方言がある。本発表ではこれら2つのタイプの方言における有声促音の音響音声学的実現を観察し,有声促音の形態論的な分布と音響音声学的な実現が独立していることを示す。

「有声促音の音声的有声性に見られる地域差」高田 三枝子 (愛知学院大学)

日本語の語頭有声破裂音において声帯振動開始のタイミングには明確な地域差および世代差があるが (高田2011) ,この地域差や世代差は語頭以外の音環境においても見られるのだろうか。日本語の促音には後続音の有声性に関して制約があり,有声音は現れないとされる。しかし近年では有声音 (として聴取される音声=濁音) の発音も多く見受けられるようになった。この音声の声帯振動のパターンについて,東北と近畿の資料を分析し,ここに地域差があり語頭の現象と並行する可能性を見出した研究もある (高田2013) 。本発表では他地域の資料の結果を加え,語頭の現象との関係を検討する。

「破裂音における声門制御の基準点と有声促音」松井 理直 (大阪保健医療大学)

高田 (2011) は,語頭有声子音の VOT 値を詳細に調査し,関東以西の高齢層ではマイナス領域一極型,若年層では 0ms-dip を伴う双極型分布,東北方言ではプラス領域一極型の分布を描くことを見いだした。これは,VOT の 0ms-dip が偶然ではなく,明確な制御の反映であることを示す。本発表では,これらの分布が生じる原因を C/D モデル (藤村 2007) によって分析し,複数の仮説を提案する。また,各仮説が有声促音の full/half voicing (松浦 2012,川原 2012,高田 2013) に対し異なる予測を与えることを述べ,各方言の有声性制御について考察を行う。

「強調形に現れる促音と有声性」川原 繁人 (慶應義塾大学)

これまでの日本語の促音の音声的研究は,語彙的区別を作る促音を主な対象としてきた (型 vs. 買った) 。しかし,日本語では強調を表すために促音を用いることもある (すっごい,ひっどい等) 。この強調形に現れる場合,促音は連続して複数個出現することもあり (すっごい,すっっごい,すっっっごい) ,語彙的に現れる促音よりも音声的持続時間が長くなることがある (Kawahara & Braver 2014) 。本発表では,この強調形に現れる促音の音声的特徴を分析し,その有声性との関係を探る。