「首都圏の言語の実態と動向に関する研究」研究発表会

プロジェクト名
首都圏の言語の実態と動向に関する研究 (略称 : 首都圏言語)
リーダー名
三井 はるみ (国立国語研究所 理論・構造研究系)
開催期日
平成24年3月12日 (月) 15:00~17:00
開催場所
国立国語研究所 3階 セミナー室

発表概要

ミニ調査報告会

首都圏のことばに関する,継続中,あるいは,終了したばかりの調査について,途中経過や速報を持ち寄り,意見交換を行います。これを通して,首都圏のことばを研究する上での課題について考えます。

「全国若者ことば調査の概要と結果速報」鑓水 兼貴 (国立国語研究所 プロジェクト非常勤研究員)

2011年12月から2012年1月にかけて実施した,全国若者ことば調査について報告する。
全国の大学生を対象にアンケート調査を行い,約2000人の回答を得た。調査項目は大きく,①若年層で使われる言葉の使用度と文体意識,②程度副詞の意味・強さについての意識,③携帯・インターネットからの言葉についての使用,の3つにわかれる。特徴は,意識の面を多く取り上げたことや,地理的分布をみるために出身地を詳細にたずねたことで,若者ことばを収集するだけでなく,重層的に捉えることを目的としている。
本発表では,結果集計の速報と,若者ことばの全国分布について論じていく。

要旨
若者ことばは対象が若年層の言語現象であればすべて当てはまるといってもよく,テーマ自体が曖昧になりやすい。そのため若者ことばを前面に出した研究は少ない。若者ことばの分類や時代変遷については米川明彦の一連の研究があり,若者語の継続調査としては大学生の「キャンパスことば」を扱った永瀬治郎の研究が代表的である。
方言研究の観点からは,井上史雄による新方言研究や,高橋顕志による学生調査も若者ことばの研究といえるだろう。また,現代共通語の変化という観点からは,地域言語と東京語の関係について論じた陣内正敬の研究や,新しいメディアによる若年層の言語使用メカニズムを研究した田中ゆかりの研究もある。この他,新しい言語現象を扱った研究は,広い意味では若者ことば研究の側面を持っているといえる。
発表者による調査は,全国の大学生を対象にアンケート調査を実施したもので,永瀬による全国調査に近い。調査項目は大きく3つにわかれる。①若年層で使われる言葉の使用度と文体意識,②程度副詞の意味・強さについての意識,③携帯・インターネットからの言葉についての使用。また,④言語生活・言語意識,⑤属性といった項目を含む。特徴は,意識の面を多く取り上げたことや,地理的分布をみるために出身地を詳細にたずねたことで,若者ことばを収集するだけでなく,重層的に捉えることを目的としている。
全国で約2000人の回答を得ているが,本発表では,結果集計の速報と,若者ことばの全国分布について論じていく。

「埼玉県西部地域における伝統的方言の分布調査の経過報告」亀田 裕見 (文教大学 准教授)

発表者は,2006年度より,埼玉県西部から中部にかけての高年層における方言分布の調査を継続中である。すでに実施した県東部の調査結果からは,県内の細かな分布境界を見いだすことができており,これに続いて,県中部西部の分布も調査し,井上 (1984) で述べられているような埼玉県の南北対立と東西対立の分布が,具体的にはどのような様相であるかを詳しく確認する必要があると考えている。
本発表では,現在までに調査を終えた計64地点のデータを元に言語地図を作成し,現時点での経過報告を行う。

要旨
埼玉県は南部を東京都北部と接し,埼玉都民などという言葉があるほど東京都の往来は激しく,共通語化が著しいことは周知の通りである。この状況において,埼玉県の伝統的方言の様相を知るには今が最後の時期になろう。発表者が埼玉県東部の方言分布を高年層 (2012年時点では平均81歳に相当) と中年層 (2012年時点では平均52歳に相当) で比較した結果によると,中年層ではすでに東部全域で共通語化が進んでいることが明らかになった。とりわけ東京都に接しているJR武蔵野線以南から速く進行している。また,発表者は2008年以降,県東南部に位置する越谷市で方言残存状態の調査も行っており,それによると2012年時点で50歳代から急速に伝統的方言が消失しつつあることも分かってきた。これらを受けて,埼玉県内の伝統的方言分布の調査をするならば2012年時点でおよそ65歳以上の話者を対象に調査をする必要があると判断した。
埼玉県の方言分布に関わる報告としては,LAJ・GAJを始め,大橋氏の『関東地方域方言事象分布図』や九学会連合の利根川流域の調査のような大規模・中規模の言語地図の一部に含まれるものがある。埼玉県だけにクローズアップした局部的な報告は,県西部の特に秩父地方について東京外国語大学日本語ゼミナール (1978) 『秩父地方方言地図』と鶴田秀樹 (1986) 『埼玉県秩父地方における言語地理学的研究があり,県中部については柴田武 (1984) 「埼玉県南部・東京都北部の方言分布 (1) 」がある。いずれも調査地点が非常に密であり項目数も多い貴重な資料であるが,県全域をカバーする詳細な報告はない。埼玉県全域の方言区画としては古く東条操(1937)が郡単位のものを発表している。発表者 (亀田前掲) の高年層の結果からは大規模調査では見いだしにくい県内の細かな分布境界を見いだすことができており,これに続いて,県中部西部の分布も調査し,井上 (1984) で述べられているような埼玉県の南北対立と東西対立の分布が,具体的にはどのような様相であるかを詳しく確認する必要がある。
以上の理由から,2006年度より埼玉県西部から中部にかけての高年層における方言分布の調査を継続中である。現在までに調査を終えた計64地点のデータを元に言語地図を作成し,現時点での経過報告を行う。

首都圏方言の伝統的古相の記述とその変容 ―小田原市穴部方言の音声―久野マリ子 (國學院大學 教授)

小田原市方言は神奈川方言の中では静岡方言に近く,古くから東海道の宿場町であったため,関東方言の特色も備えている。日野 (1984) によれば,小田原方言は東京語と大差のない音声特徴であるとされる。小田原市は今でも比較的まとまった社会集団を保ち,生え抜きの話者も多いことから,その音声を丁寧に調査することにより,東京語の音声的古相が保存されている可能性が考えられる。そこで首都圏方言の古相としての特徴を明らかにするため,小田原市穴部地区で年代別多人数調査をおこなった。話者は,小田原市穴部生え抜き。86歳から11歳までの72名。この調査のから,連濁とアクセントの項目について特徴を提案する。
首都圏方言の特徴として問題になるのは,伝統的な関東方言の特徴と,江戸語の特徴を継承する東京語の特徴と,共通語の差がよくわからないことである。また,共通語との差が小さいため,細かな音声現象についての報告も調査も十分ではない。このミニ報告会では出席者の方から首都圏方言の訛音や俚言についてのコメントや助言を頂き,これからの研究の参考にさせて頂きたいと思う。


司会・コメント 田中 ゆかり (日本大学 教授)