「日本語レキシコンの音韻特性」「消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究」合同研究発表会

プロジェクト名,リーダー名
日本語レキシコンの音韻特性 (略称 : 語彙の音韻特性)
窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系)

消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究 (略称 : 危機方言)
木部 暢子 (国立国語研究所 時空間変異研究系)
開催期日
平成23年5月21日 (土) 13:00~17:30
平成23年5月22日 (日) 10:00~15:00
開催場所
神戸大学 六甲台第2キャンパス 文学部 C棟 361会議室 (神戸市灘区六甲台町1-1)
アクセス・キャンパスマップ
阪神「御影」駅,JR「六甲道」駅,阪急「六甲」駅から
神戸市バス36系統 鶴甲団地行き「神大文理農学部前」下車

発表概要

5月21日 (土) 公開シンポジウム N型アクセントの原理と成立

「N型アクセントとは何か」上野 善道 (東京大学 名誉教授 / 国立国語研究所 客員教授)

今回のシンポジウムの導入兼総論として,次の話題を取り上げる。

  1. 名称「N型アクセント」の読み方,定義,その設定に至った経緯。
  2. 文節性 (付属語連続を取り込んだ文節がアクセント単位になる) を中心とする共時的特性。また,前部要素決定型複合語アクセント規則や活用における系列一貫性と,通時的な「類の統合」との関連。
  3. 適用範囲がかなり一致する「語声調」 (早田輝洋) との異同。
  4. N型アクセントの成立過程。

「九州2型アクセントの実態」木部 暢子 (国立国語研究所 時空間変異研究系 教授)

九州の2型アクセントのうち鹿児島市タイプ,長崎市タイプの2型については,複合語,助詞・助動詞接続形,動詞活用形をふくめて,アクセントの全体像がかなりあきらかになっているが,それ以外の2型については,単語アクセント以外,あまり報告がない。本発表では,熊本県天草市本渡方言をとりあげ,動詞活用形,助詞・助動詞接続形のアクセントについて報告する。

「鹿児島県甑島方言のアクセント規則」窪薗 晴夫 (国立国語研究所 理論・構造研究系 教授)

この発表では鹿児島県甑島方言のアクセント規則を,(i) 複合名詞のアクセント規則 (複合法則),(ii) 外来語アクセント規則,(iii) アルファベット頭文字語のアクセント規則,(iii) 文レベルに見られる High tone 消去規則,以上の4つのアクセント規則に焦点をあてて分析する。(i)-(iii) については東京方言,近畿方言,近隣の二型アクセント体系 (鹿児島方言や長崎方言,喜界島方言) との異同を指摘し,(iv)については英語などの強勢言語に見られるリズム規則との異同を論じると同時に,単語・文節レベルと文レベルのプロソディー構造の関係 (interaction) を考察する。また時間の余裕があれば,アクセントを超えた現象として下降調の疑問文イントネーション規則を紹介し,近隣方言との比較を行う。

「隠岐島3型アクセントの再解釈」松森 晶子 (日本女子大学 教授 / 国立国語研究所 客員教授)

隠岐島3型アクセント体系では,従来,「鳥,魚,車…」の型にアクセント移動 (文節全体の長さに応じて核が右に移動していく規則) が想定されてきた。本発表ではこの「鳥,魚,車…」は無核型ではないかということ,一方,これまで無核型とされてきた「雨,鼠,兎…」などの型が,実は第1拍目に核を持つ「有核」型ではないか,という提案を行う。今回は,隠岐島の都万 (つま) と五箇 (ごか) の2つの集落の方言を取り上げて論じたい。

「福井市周辺部のN型アクセント」新田 哲夫 (金沢大学 教授 / 国立国語研究所 プロジェクト共同研究員)

本発表は,福井市周辺部にN型 (2型) アクセントがあるのかないのか,あればどんな姿か,を検証するものである。福井県越前町小樟 (ここのぎ) のアクセントを取り上げ,部分的にN型的な性質をみせることを述べる。

ディスカッション

司会 : ウェイン・ローレンス (ニュージーランド オークランド大学 / 国立国語研究所 プロジェクト共同研究員)

5月22日 (日) プロジェクト共同研究発表会

「奄美喜界島方言のアリ・リ系のかたちをめぐって」まつもと ひろたけ (「危機言語」プロジェクト共同研究員)

動詞の時間表現をめぐる語形対立の中心にスル-シタの対立がある。対立をになうシタ形は古代語のタリ形にさかのぼる。標準語とともに大多数の日本語諸方言が,このタリ系列をつかっている。琉球方言に属する奄美喜界島方言も例外ではない。ところが,喜界島でも,その上嘉鉄方言をみると,よそジマでヌダン (のんだ),フタン (ふった),シャン (した) とタリ系でいうところに,ヌメン,フレン,センのようなかたちがあらわれる。これらをタリ系とみることはむずかしい。
ヌメン以下のかたちの出発点をかんがえると,タリ系列につきまとうt音とそのバリアントがでてこないこと,それでいながら意味・用法のうえでタリ系列のかたちとかさなることから,古代語ですでにタリ形式におされていたといわれるリ (アリ) 形式にたどりつくことができそうである。
この種のリ系のかたちは,現在の奄美・沖縄本島ほかの北琉球方言にはみとめられないが,宮古・八重山などの南琉球方言に存在する。だとすれば,上嘉鉄方言にリ系のかたちが存在することを,周圏分布のなごりととらえる可能性もみえてくる。こうなると,琉球方言全域に,かつてはリ系のかたちがあったこともかんがえられる。さきにふれたタリ形にくらべてのリ形のふるさにてらしても,これは琉球方言の古層のあらわれかたのひとつだろう。
また,おなじリ系の時間表現が,八丈島方言にもあることは,日本語の古層をかんがえるにあたって考慮する必要がある。
上嘉鉄方言のリ系のかたちには,ヌメンのほかにヌメーのようなかたちもある。このことについても検討しなくてはならない。また,古代語とちがって,ナゲン (なげた) ,シメー (しめた) など,二段活用タイプの動詞からもつくられている。この種の異同の詳細は今後確認したい。

「上海語変調におけるピッチ下降現象」髙橋 康徳 (東京外国語大学大学院 / 日本学術振興会 特別研究員)

本研究では上海語変調で起きるピッチ下降現象を音響音声学的に記述し,その音韻表示をどのように表すことができるのかを考察する。第1音節の声調が語全体のピッチを決定する上海語の変調現象では,多くのパタンで第3音節以降のピッチが下降する。従来の研究は,このピッチ下降に3つの解釈 (【1】自然下降 (declination),【2】ピッチターゲットの指定,【3】補間 (interpolation) ) を提案しているが,ピッチ下降に関する客観的なデータはほとんど記述されていないため,どの解釈が妥当であるかを判断することは困難である。
そこで,本研究は3音節語および4音節語の変調を音響音声学的に記述し,上記のどの解釈が妥当であるかを考察する。ピッチの下降スピードを計測した結果,3音節語の方が4音節語よりも下降スピードが速く,4音節語では第3音節に相当する部分が第4音節に相当する部分よりも下降スピードが速かった。この結果は,ピッチ下降部の各音節にピッチターゲットが指定されるという解釈を支持する。