「多文化共生社会における日本語教育研究」研究発表会

プロジェクト名,リーダー名
多文化共生社会における日本語教育研究
迫田 久美子 (国立国語研究所 日本語教育研究・情報センター 客員教授)
サブプロジェクト名,リーダー名
学習者の言語環境と日本語の習得過程に関する研究
迫田 久美子 (国立国語研究所 日本語教育研究・情報センター 客員教授)
開催期日
平成22年11月20日 (土) 10:30~17:00
開催場所
国立国語研究所 2階 講堂

全体テーマ「日本語教育研究における学習者コーパスの役割」 発表概要

「学習者コーパスの構築における課題 ―タグ付きKYコーパスの開発経験から―」李 在鎬 (国際交流基金 日本語試験センター)

タグ付きKYコーパスの開発経験を踏まえ,学習者コーパス構築における課題について議論する。とりわけ,学習者の発話データを言語処理のツールで,解析した場合にどのような問題が発生するかを示した上で,取りうる対策について考えてみたい。また,学習者コーパスにとって必要な情報とは何かについても問題提起する。

「学習者コーパスの使用方法の一例 ―KYコーパスからわかったこと―」山内 博之 (実践女子大学)

学習者コーパスを使用する研究方法の一つとして,「形態素解析を行なって出現数などをまとめた表を作り,そこから教育現場に還元できる結論を導き出す」という方法が考えられる。つまり,データそのものを直接読むことはせず,言葉の断片や数値のみを見て,何らかの結論を得るという方法である。このような方法を採ることによって,①ある特定の形態素の出現によって学習者の口頭能力のレベルが推定できること,②初級の文法は丁寧形の文法であること,③具体物を表す名詞には難易度という概念が存在しないこと,などが明らかになった。ただし,上記の方法には,どのように形態素解析を行なうかによって,異なった結果が出てしまうという問題点がある。そのような問題を解決するためには,タグ付きコーパスを作成する必要がある。また,テキストファイルのコーパスにタグ付けを行なうことが,コーパスそのものの改訂のきっかけにもなるものと思われる。

「学習者コーパスを使った言語習得研究 ―発話データから何が見えてくるか―」大関 浩美 (麗澤大学)

本発表では,コーパス等を使って発話を見る研究方法により何を明らかにできるかを考える。発表前半では,英語L1習得の分野での,コーパス研究が大きなインパクトを与えた例を紹介する。英語L1関係節習得研究では実験研究が主流であったが,コーパス研究の結果から,実験研究で使われてきたような構造はほとんど使われていないことが指摘され,子どもがどのような関係節構造から使い始めるかが明らかされた。これにより,英語L1の関係節習得研究は大きく流れが変わることとなった。まず,この例をもとに,コーパスを使った習得研究がどのような貢献ができるかを考えたい。発表後半では,発表者自身が行なってきた,関係節,「とき」節,条件節の習得研究から,発話を見た研究だからこそ明らかにできることは何かを考え,また,大規模コーパスやタグつきコーパスの利点を利用しながらも,学習者言語を「詳細に」分析するにはどうしたらいいかを考える。

特別講演 「言語習得・処理・障害における普遍性はどこから来るのか
―コーパス研究からわかること,わからないこと―」
白井 恭弘 (ピッツバーグ大学)

言語習得研究の究極の目的は「習得のメカニズム」を明らかにすることであるが,その際,様々な現象の普遍性と個別性,そしてなぜそのような現象が観察されるのかを説明をすることが理論構築上重要になってくる。講演では,コーパスを使った言語習得・処理・障害についての研究で「何がわかり,何がわからないのか」を中心に,テンスアスペクト,使役辞,関係節,条件文などの例をとりあげ,理論構築において注意すべき点を考察する。特に以下の点を強調したい。

  1. 実際の言語使用のデータを見ずに憶測で語ることの危険性
  2. 学習者データを母語話者データと比較することの重要性
  3. 数を数えるだけでなく,個々の使用例を分析する
  4. 言語使用データと実験データの併用による理論構築
  5. 個々の言語領域内での頻度分析をする必要性