第8号

「国際社会における日本語の研究」は
これから始まる


新プロ「日本語」研究代表者
 水 谷  修(名古屋外国語大学)



 5年間にわたる,新プロ「日本語」のプロジェクトは終了した。しかし,創成的基礎研究としての「国際社会における日本語についての総合的研究」はやっと開始された,と言うべきであろう。
 この研究プロジェクトの推進に直接参加してくださった方々や,支援してくださった方の限りない御努力のおかげで予想を上回る大きな成果を私達は得ることができた。心から喜びを分ち合いたい。
 すべての結果がまとめられている段階ではないので,われわれ自身も的確な自己評価をくだすことはできないし,外の人たちからも批判や評価を妥当な形で受けることはできないが,現在までに提出してきた成果に関する報告に対しては強い反応があり,今後に現れてくるであろう成果のまとめに大きな期待が寄せられている。
 5年間にわたる研究活動の成果は予想以上に大きかったと言ってよいだろう。しかし,それ以上に新しい課題の存在を思い知らされたことも予想以上であった。日本語に関する研究を地球規模に広げたことはそれ自体が歴史的な意義を持つものであったし,従来の研究で得られていなかった新しい知見が獲得できたのは研究者としての生きがいを感じさせるものでもあった。
 だが,国際的な規模で研究を進めることには,それなりの緻密な計画と周到な準備が必要であることを充分に思い知らされたし,研究方法や推進のための姿勢も問い正されることがあるということを深く学んだ。
 第1班の担当した国際センサスでは,当初実現が不可能ではないかと考えられていた中国での調査が,できないどころではなく激しいとも言えるほどの強い中国側の協力態勢のもとで見事な成果を生み出した。中国で始めてともいえる全国規模の社会調査に成功した原因には,中国と日本相互の信頼関係の成立と,相互に役立つ目標を用意することが不可欠であった。国際的な研究に臨む研究者の姿勢を考えるための大きな財産となった。
 さまざまな国にさまざまな習慣があり,調査の上でもきっと問題を引きおこすであろうと予想はしていたが,想像もしない問題にぶつかって困惑したことも多かった。なんとか問題は乗り越えて調査は進められたが,何年か先に第2回のセンサスを実施するときには同じ失敗を繰り返さないようにしなければならない。 それでも問題の所在が明らかになってきたことは,研究を実践したからであって,実行したことによる研究領域への貢献はだれも否定できないにちがいない。
 第2班の言語と文化を結びつけたプロジェクトも多くの成果を生み出した。言語の研究を言語の枠内にとどめないという挑戦は,少なくとも可能性の大きさを証明したというだけでも収穫は多大である。実験調査研究というしかも国際的な研究対象によるという試みは将来に大きく期待を抱かせる。
 第3班の認知科学に立脚した実験的研究は手がたい成果をもたらしたが,言語教育や言語使用の研究にひとつの接近法の例を示し得たというだけでも高く評価されてよいだろう。第2班の場合も同様だが第3班の研究も更に総合化された組織をもって発展的に研究が継続,進展していけばこの分野の研究に大きく役立つにちがいない。
 第4班のプロジェクトはひとつひとつのチームが巨大研究プロジェクトを構成するのに匹敵する課題を持ちメンバーは苦労したが,総合的に,あるいは応用性を意図した班はどうしても必要であったので欠くことはできなかった。大きなテーマをどう整理統合していくかという課題に対してはそれなりの成果が得られ具体的な研究態勢のつくり方についての方策に見通しが立ちはじめたのは重要な成果である。
 くりかえすことになるが,「新プロ」は終わったが,創成的研究としての「国際社会における日本語についての総合的研究」は始まったところである。研究に参加してくださった方々のこれからの研究の進展の成功を心からお祈りする。


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