鶴岡調査とは

言語生活の実態を明らかにするために

国立国語研究所は昭和23(1948)年に設立されました。設立の目的の1つは,日本の言語生活の実態を明らかにすることでした。設立の翌年(1949年)には,福島県白河市をモデル地域に選んで言語生活の実態調査を行い,多くの知見を得ることができました。
そこで得られた知見は,日本全国の他の地域にもあてはまるものなのでしょうか。それを確かめるためには,他の地点でも同様の実態調査を行う必要があります。国立国語研究所は,地域社会における言語生活を明らかにする実態調査を全国に展開することを考えました。福島県白河市に次いで実施されたのが,昭和25(1950)年の山形県鶴岡市における調査です。鶴岡市の言語生活の実態を知るために,サンプリング(無作為抽出)という方法で鶴岡市民の代表を選びました。
日本の地域社会には方言があります。一方で,首都圏を中心とする地域では,あるいは地域社会でも相手や状況によっては,共通語が使われることがあります。日本における言語生活を捉えるうえで,この2つの使用実態を知ることが不可欠です。そのため,方言と共通語に関する調査項目を設け,鶴岡市の言語生活の実態を明らかにしました。

人の一生における言語変化を見つめて

言語研究には言語形成期という考え方があります。この時期に習得した言語的特徴が,その人が使うことばを決めると言われています。その年齢・時期には諸説ありますが,ことばを使い始める時期から10代前半までだと考えられています。
この概念は,人が使う言語に大きな影響を与えます。例えば,英語圏の子どもはこの時期にLとRの発音を習得するので,それを発音し分けることができます。しかし,日本人が成人になってから英語を学習する場合には,言語形成期に習得していなかったLとRを発音し分けるのが難しいというのです。
確かにことばにとって言語形成期は重要なもののようです。しかし,人は,言語形成期を過ぎてしまうと言語的特徴を習得することができないのでしょうか。仮にそうだとすれば,言語形成期に鶴岡市で育ち,一度方言的な特徴を習得した人は,年齢を重ねても方言的な特徴のあることばを使い続けることになります。
国立国語研究所は,昭和25(1950)年の調査から約20年後の昭和46(1971)年,山形県鶴岡市において,サンプリングで鶴岡市の代表を選ぶ2回目の調査を行いました。言語形成期後の言語習得の可能性を探るためです。第一次調査時に20代だった人は40代になっています。仮に,人が言語形成期後に言語を習得しない/できないのだとしたら,40代の人が方言と共通語を使う割合は,第一次調査の20代の人の割合と同じであるはずです。
この課題を検証する方法がもう1つあります。同じ人をもう一度調査するということです。同一個人に対して同じ調査を繰り返し実施する調査をパネル調査と言います。この調査ではパネル調査も実施し,同一個人の言語変化も調べました。
そして,「人は言語形成期を過ぎてもことばを習得する」ということを,データで実証することができました。

言語変化のモデル化を目指して

人は,言語形成期を過ぎた後に,どのような道筋でことばを習得していくのでしょう。昨夜まで方言を使っていた人が翌朝起きたら共通語を使うようになっていたなどとは考えにくいことです。時間をかけて徐々に習得していくのでしょう。そして過去の調査結果から,語彙や発音やアクセントなどが足並みを揃えて同じスピードで変化していくわけではないことも分かっています。それらの変化には遅速があるのです。また,ある人はアクセントの変化が早くて語彙が遅い,ある人は語彙が早くアクセントが遅いというように,変化の道筋が人毎に種々あるわけではなく,どうやら一貫した,普遍的な道筋があるようです。
この道筋をつぶさに描くこと,つまり,言語変化のプロセスとメカニズムをデータに即して明らかにしていくという課題が生まれます。国立国語研究所は,第二次調査の20年後の平成3(1991)年,鶴岡市における3回目の調査を行うことでその課題に取り組みました。第二次調査と同様に,サンプリングによる調査とパネル調査を並行して実施しました。
この調査によって幾つかのモデルが提案されました。そして今日もなお,より精度の高いモデルを目指して,検討を続けています。

モデルはデータによって実証されるものです。鶴岡調査の結果から構築された言語変化のモデルは,新たな調査によってその精度が検証され,より緻密なモデルへと発展していくことでしょう。
第三次調査から約20年が経とうとしています。4回目の調査を実施すれば,60年間にわたることばの変化をみつめ,言語変化のプロセスとメカニズムの解明をより一層進めることができるでしょう。また,同じテーマで60年間続ける調査は,言語研究の世界に限らず,他の分野・学問の調査研究でも,「世界最古・世界最長」の経年調査になります。
鶴岡調査は,60年間の言語変化を追うこと,またその先の80年間,100年間の言語変化を追い続けることを見据え,ことばの変化の解明を目指しています。


鶴岡調査は下記の文献(p.p.213-216)でも紹介されています。

  • Chambers,J. K. (2002)
    Sociolinguisic Theory. Oxford: Basil Blackwell

調査一覧(調査の説明)

1.中心的な調査(継続して実施している調査)

面接調査(共通語の調査)

面接調査には,鶴岡方言の特徴である言語面に焦点をあてる項目と,言語生活を焦点化した項目があります。
言語面を焦点化した調査項目は,音声(単音とアクセント)と,語彙・文法形態から成ります。絵を見せたり,口頭でなぞなぞ式の質問をして回答してもらうものです。
音声項目は,共通語を使う相手に対してどのくらい共通語を使うか(使えるか)といった共通語運用能力を調べる目的で設定しました。一方,語彙・文法項目は,家族や友達とのカジュアルな会話の中で共通語を使う程度を調べるために設定しています。

提示リスト

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  • This is the title 202.
    両唇音の有無
  • This is the title 207.ネ
    有声化の有無
  • This is the title 216.スイ
    合拗音の有無

 

言語生活を焦点化した項目は,方言と共通語の使い分け意識を尋ねるものや,マスメディアとの接触度,共通語話者との接触度などを調べる項目です。

面接調査の調査デザイン

面接調査は,過去3回の調査ともに,サンプリングによって抽出した被調査者に対する調査(ランダムサンプリング調査)を実施しています。また,第二次調査以降は,過去の調査に参加した被調査者に再度調査にご協力いただく調査(パネル調査)も実施し,この2つの調査を並行して行っています。
ランダムサンプリング調査は,鶴岡市民の共通語生活とその変容を明らかにすることを目的としています。つまり,地域の言語変化の実態を解明するための調査です。一方,パネル調査は,実時間の経過のなかで個人の共通語生活がどのように変化したかを明らかにすることを目的とします。つまり,個人の言語変化の実態を解明する調査です。
この2種類の調査を組み合わせて実施することで,以下のような言語データを得てきました。

サムネイルのリンク先は大きなサイズの画像ファイルです

  • 調査のデザイン(コホート系列法)の図調査のデザイン
    (コホート系列法)
  • 音声の各項目に共通語で反応したものの比率の図音声の各項目に
    共通語で反応したものの比率

 


2.場面差調査(将来の展開を見据えた調査)

第一次調査が実施された1950年当時,会話の相手は限られた地域内の知っている人物という状況が多かったと思われます。しかし,交通手段や通信手段の発達によって生活圏が拡大し,遠方の知らない人と話をするという状況も日常的になりました。
このような地域生活の変化は,方言と共通語の関係にも影響します。かつては方言と共通語を使い分けることは稀であったと考えられていますが,現在では日常的なことになったと言っても過言ではありません。方言と共通語の関係をより立体的に把握するためには,「使い分け」という視点も考える必要がでてきたのです。
第一次調査(1950年)・第二次調査(1971年)では,ある特定の場面で方言/共通語のどちらを使用するかということを焦点化し,調査を実施しました。第三次調査(1991年)でも同じ場面設定での調査を実施しましたが,それに加えて,翌年(1992年)には場面の違いによって方言と共通語がどのように使われているのか(使い分けられているのか)を調べる調査も実施しました。その調査を「場面差調査」と呼んでいます。
場面差調査では,例えば音声についての項目の場合,以下のような場面を設定しました。

①単語読み:
リストに書かれた単語を読むときのスタイルを引き出す。
②新聞見出し記事の読みと伝達:
単語を含む文で読んでもらう。
その記事を(a)一番気楽に話をする相手,(b)調査員,(c)国勢調査員 という話し相手に伝える場合のスタイルを引き出す。

質問の具体例

311.
新聞にこのような見出し記事が載っていたとします。野菜や果物の値段の予想についての記事です。まず,一度目を通してから,私に向かって普通に読んでみて下さい。
〈今年はスイカは安いが,柿は高い〉
312.
では,この話しの内容を,●●さん(202の回答)に向かって自分のことばで伝えるとしたら,ふだんどんなふうに言いますか? 多少ことばを換えて言ってもかまいません。
313.
では,私に向かって同じことを伝えるとしたらどうですか?
314.
では,鶴岡の国勢調査の人(50~60代で同性で初対面の人)が家に来たとして,雑談中,その人に向かって同じことを伝えるとしたらどうですか?

 

被調査者は,第三次調査の1年目にご協力いただいた方の中から選び,ランダムサンプリング調査の被調査者87名,パネル調査の被調査者88名(合計175名)でした。

場面による方言と共通語の使い分けは,方言と共通語の関係を捉えるうえで不可欠な視点となりました。カジュアルな場面で方言をよく使うと言われる地域社会に言語調査に行き,調査を実施しようとすると,被調査者から「方言と共通語のどちらで言ったら良いですか?」と尋ねられることが多くなってきました。今後,使い分けの状況がより一層進んでいけば,地域社会の言語生活は,単に方言を捨てて共通語一本やりになっていくのではなく,相手や状況等によって方言と共通語を使い分ける,いわば「バイリンガル社会」になるのかもしれません。そのような状況の変化を見据え,今後の展開に備えて実施したのが場面差調査です。


3.補完調査

鶴岡調査は,鶴岡市民の共通語生活をより立体的に把握するために,面接調査とは別に,以下のような補完調査も実施しています。

  • 第一次調査

言語生活の24時間調査,鶴岡方言の特徴の調査,
共通語とパーソナリティの調査,学校における共通語指導状態の調査

  • 第三次調査

言語生活調査,方言記述調査,場面差調査

言語生活の24時間調査

被調査者(3名)の,朝起きてから夜寝るまでの言語行動を速記と録音によって記録した調査です。「共通語の調査」の妥当性(validity)を見るための検証調査として実施しました。1日の「読む・書く・話す・聞く」の言語量や使用する話題・文数・文節数,言語行動の種類などを詳細に分析しました。

鶴岡方言の特徴の調査・方言記述調査

鶴岡市での方言と共通語を捉えるには,伝統的な方言の詳しい記述が必要です。音韻,アクセント,文法(テンス・アスペクトなど)について,各調査時において最新の学問的知見を援用して方言体系の記述を行いました。

共通語とパーソナリティの調査

文化との連関における個人の心理過程と状態の分析を主眼とした調査です。ロールシャッハ・テスト,質問紙法によるパーソナリティ・テスト,郷土資料の収集,生活記録の収集を行いました。

マス・コミュニケーションの調査

鶴岡地方において放送(ラジオ)や新聞がどのように利用され,その情報がどのくらい浸透しているかを調べる調査です。ある話題を挙げ,それをどんなメディアで知ったか,どのくらい細かな情報まで知っているかを調べました。

学校における共通語指導状態の調査

話しことばとしての共通語の指導をどのように行っているかを調査し,共通語運用に大きな影響を与えると考えられる共通語教育の実状を調べたものです。つまり,生徒ではなく,教師側を対象としました。10校ほどの小・中・高を選び出し,共通語教育についての実践,それに対する意識や意見,教師自身が教室で使用することば等について尋ねました。

言語生活調査

被調査者の言語生活をより具体的に把握するための留置式調査。「きのう1日」の話した/聞いた/読んだ/書いたことを詳細に尋ねるほか,方言と共通語に対する意識・意見や,共通語の手本としたもの,人との付き合い方等,様々な言語生活について尋ねた。


サンプリングの方法

  • 第一次調査のサンプリング図第一次鶴岡調査:1950年
  • 第二次調査のサンプリング図第二次鶴岡調査:1971年
  • 第三次調査のサンプリング図第三次鶴岡調査:1991年

第一次調査

物資配給表*を基に,15~69歳の約1800名のサンプルを抽出し,そこから層化多段抽出法によって約500名を抽出しました。
層化の内訳は,
(1)性別・年齢別に分類する,
(2)最近鶴岡市に住み始めたばかりの人を別層に取り出す,
(3)居住地域別に分ける,
(4)さらに職業別に分ける,
というものでした。
面接調査の回収率は99%(496名)です。

*現在の住民基本台帳にあたるもの。

第二次調査

第一次調査と同一地区に居住する15歳~69歳を対象として,住民基本台帳から系統抽出法(等間隔抽出)によって被調査者を選びました。
この調査では「差替」という方法を使いました。調査完了数を予め400名と決めておき,調査不能による不足分を余分にサンプリングしておいた被調査者で埋めていく方法です。調査不能が出た場合は,同性で年齢が近い人に差し替えて調査しました。
設定数よりも1名分多く調査ができたため,調査完了数は401名です。
調査完了数(401名)に占める差替サンプルの割合は約12.7%でした。

第三次調査

第一次・第二次調査と同じ地区に住む15~69を対象に,第二次調査と同じく住民基本台帳から系統抽出法(等間隔抽出)で500名を抽出し,面接調査を実施しました。
調査回収率は81%(405名)です。


調査対象地域

サムネイルのリンク先は大きなサイズの画像ファイルです 調査対象地域
調査対象地域

調査対象地域は鶴岡市の旧市街地です。また,町名は調査当時のものです。

町名一覧

第一学区
  • 本町二丁目(ホンチョウ)
  • 三和町(ミワマチ)
  • 睦町(ムツミマチ)
  • 三光町(サンコウチョウ)
  • 双葉町(フタバチョウ)
  • 文園町(フミゾノマチ)
  • 千石町(センゴクマチ)
  • 長者町(チョウジャマチ)
  • 城南町(ジョウナンマチ)
  • 小真木原町(コマギハラマチ)
第二学区
  • 本町一丁目(ホンチョウ)
  • 昭和町(ショウワチョウ)
  • 大東町(ダイトウマチ)
  • 神明町(シンメイチョウ)
  • 苗津町(ナエズマチ)
  • 日出一丁目(ヒノデ)
  • 日出二丁目(ヒノデ)
  • 東原町(ヒガシハラマチ)
第三学区
  • 錦町(ニシキマチ)
  • 新形町(ニイガタマチ)
  • 上畑町(カミハタマチ)
  • 山王町(サンノウマチ)
  • 泉町(イズミマチ)
  • 若葉町(ワカバマチ)
  • 家中新町(カチュウシンマチ)
  • 馬場町(ババチョウ)
  • 東新斎町(ヒガシシンサイマチ)
  • 城北町(ジョウホク)
第四学区
  • 本町三丁目(ホンチョウ)
  • 陽光町(ヨウコウマチ)
  • 青柳町(アオヤギチョウ)
  • 美原町(ミハラマチ)
  • 稲生一丁目(イナオイ)
第五学区
  • 道形町(ドウガタマチ)
  • 大宝寺町(ダイホウジマチ)
  • 末広町(スエヒロマチ)
  • 日吉町(ヒヨシマチ)
  • 宝町(タカラマチ)
  • 鳥居町(トリイマチ)
  • 切添町(キリゾエマチ)
  • 朝暘町(チョウヨウマチ)
  • 宝田二丁目(タカラダ)
第六学区
  • みどり町(ミドリマチ)
  • 新海町(シンカイマチ)
  • 大西町(オオニシマチ)
  • 西新斎町(ニシシンサイマチ)
  • 砂田町(スナダマチ)
  • 淀川町(ヨドガワマチ)
  • 道田町(ミチダマチ)




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